先日、こちらの記事で、欧州大手のインパクトVCファンドNorrsken VC(スウェーデン、ファンド規模約160億円)を紹介しました。
Norrsken VCのLP投資家には、ヨーロッパ最大のフィンテックユニコーン・Klarnaの共同創業者であるNiklas Adalberthや、H&MのファミリーオフィスであるRamsbury Invest、欧州投資基金(European Investment Fund)などが含まれます。また、Norrsken VCは「Radical Transparancy(徹底的な透明性)」を追求し、ファンドの概要やポリシー、投資検討に関する資料のテンプレートなど、各種資料を開示していることも紹介しました。
今回は、Norrsken VCの出資先2社を紹介します。世界にはどのようなインパクト・スタートアップがあるのか、そしてインパクト投資家の視点はどのようなものか、参考にしていただけたら幸いです。
Northvolt ウェブサイト:https://northvolt.com/
<概要>
スウェーデン発、2016年設立の電池スタートアップです。ヨーロッパで最大のギガファクトリーを設立し、2030年までにヨーロッパの市場シェア25%を目指しています。
同社は、ミッションとして、ヨーロッパにおける再生可能エネルギーへの移行を掲げています。それを実現するため、商品のライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をなるべく抑えた形で電池の開発をしています。
CEOのPeter Carlssonは、かつてテスラでサプライチェーン担当のバイスプレジデントを務めていたことも、注目される理由の一つのようです。
同社の電池の特徴としては、1) 1,000 回の充電が可能であること、2) 97%がリサイクル可能な電池であること、3) 80%のCO2を削減できることです。さらに、電池の生産工程では、データの活用によりトレーサビリティを確保し、より効率的な製造、寿命性能と劣化予測により、電池性能を向上させることができるそうです。
<資金調達>
Northvoltは、これまでに35億ユーロ(約4,650億円)の資金を調達し、さらに数百万USドルの調達を検討していると報道されています。2020年9月に600百万USドル(約600億円)を調達した際には、バリュエーションは39億USドル(約3,900億円)に達していました。
2019年にGoldman Sachs とVolkswagenから10億USドルの出資を受け、2021年にはVolkswagenから次の10年分のバッテリー約140億USドル分を受注したと報道されています。
<Norrskenが投資した理由>
Norrskenのホームページには、Northvoltに投資した理由が説明されています。具体的には、3つの理由が挙げられています。
世界的に電気自動車への移行が進み、今後蓄電池の需要が伸びること
パリ協定の目標を達成するには、2030年までに45%の温室効果ガスの排出を削減する必要があり、電気自動車への移行が進んでいます。中でも、交通業界は、世界の温室効果ガス排出量の11%を占めています。現在、700万台の電気自動車が2030年までには1.3億台にのぼると推定されています。
電気自動車の製造において電池は最も高いコストの部分であり、35-45%を占めます。特に欧州では、電気自動車の生産による電池需要は、2040年までに欧州で開始される予定の確認済みプロジェクトの推定生産量の5倍以上と言われています。
Northvoltのテクノロジーが、交通・輸送業界の大幅な脱炭素化につながること
電気自動車の普及は、脱炭素化に大きく貢献します。パワーミックスにもよりますが、エンジン車に比べて電気自動車は温室効果ガスの排出量が約30-60%少なく、また、有害物質の排出を抑えられます。
Northvoltは、創業当初から欧州最大のバッテリーギガファクトリーの建設を目指しており、欧州の自動車メーカーが電動化を進める上で重要な役割を果たすとともに、最終的には交通輸送において大幅な脱炭素化につながります。
創業メンバーの経験・ネットワークが有望なこと
元テスラの幹部であるPeter Carlsson(調達担当幹部)とPaolo Cerruti (グルーバル調達兼執行企画担当幹部)、そして北欧を代表する通信会社テレノールの元副社長であるCarl-Erick Lagercrantzの3人が創業チームです。
創業メンバーの実績やネットワークが投資決定にあたり重要な要素となりました。
Bluu Biosciences ウェブサイト:https://www.bluu.bio/
<概要>
ドイツにて2020年設立された、ヨーロッパ初の”Cell-based”養殖バイオテクノロジー・スタートアップです。最先端のバイオテクノロジーを駆使して細胞から養殖魚を作る技術の開発と製造しています。
Bluu Biosciences は、コスト効率よく魚を持続的に生産することを目的として設立されました。細胞から作られた養殖の魚は、栄養価も高く、人類の動物性タンパク質の将来的な供給を確保することができるとされています。このスタートアップは、海洋生物学者のSebastian Rakers博士と、EVIG Group(ベンチャービルダー兼インパクト投資会社)のSimon Fabich氏にによって創設され、細胞生物学者、細胞・組織エンジニア、食品技術者からなる専門家チームで創業されています。
<資金調達>
Bluu Biosciences は、設立から10ヶ月後の2021年3月に、食料系やインパクト系の投資家から700万ユーロを調達しました。
この資金調達ラウンドにNorrskenも参加しています。
<Norrskenが投資した理由>
Norrskenの公表資料によると、以下の理由が説明されています。
現在の水産物供給システムの限界による食糧危機への解決策
現在の水産物供給システムの限界による食糧危機の回避です。現在の漁獲システムでは、2048年には海に魚がいなくなってしまうと言われています。世界で30億人が主なタンパク源を魚介類に頼っているにもかかわらず、すでに漁獲量は最大に達していると言われています。
養殖は一つの解決策ですが、栄養価や海の汚染による影響など、課題が残っています。
Bluee Biosciencesのテクノロジーは、これらを解決する可能性を秘めていると考えられています。
高い技術と商業化のタイミング
技術の成熟具合と商業化といった観点でのタイミングが機を捉えていること、1兆USドルの魚介類市場を見据えてユニコーン企業となる可能性があるとみています。
専門性が高く、バランスの良い創業チーム
世界を代表する海洋生物学者Sebastian Rakersと、連続テック起業家のSimon Fabichの2人の知見など、アカデミア、テックとビジネスそれぞれの専門性が集結しています。
まとめ
今回は、持続可能な社会に向けてテクノロジーで新たな解決策を提供している欧州のインパクト志向のスタートアップを紹介しました。気候変動と食糧危機という世界の解決困難で大きな課題に対して、技術はもちろん、各分野の経験豊富なメンバーがスタートアップを通じて変化を起こそうとしている点も興味深いのではないでしょうか。 また、インパクト投資ファンドであるNorrskenが各社の社会的意義や投資判断に至った経緯を公表している点も興味深く、今後インパクト投資を考える方は参考になるかもしれません。
【参考資料】
Northvolt
ノースボルトCEO「世界で最もグリーンな電池をVWに供給する」(2021/5/18 日経ビジネス)
Ex Tesla exec looks to grease wheels of VW-backed battery startup Northvolt (2021/5/10 Verdict)
Bluu Biosciences
Lab grown fish — why we invested in Bluu Biosciences (2021/3/31, Norrsken)