社会性をより重視する投資ファンドの実態
The Bridgespan Groupによる調査レポート"Back to the Frontier: Investing that Puts Impact First"より
インパクト投資は、経済性と社会性を並行して追求する投資のことを言いますが、グローバルの調査によると、インパクト・ファンドには2つの種類があります。より経済性を重視するファンドと、より社会性を重視するファンドです。
こちらの記事で紹介したように、経済性をより重視するファンドが圧倒的に多数で85%を占めますが、残りの15%、より社会性を重視するファンドが存在します。
社会性をより重視するファンドとして有名なのは、Bill & Melinda Gates Foundation、Ford Foundation、Omidyar Network(e-bayの創業者による)、Chan Zuckerberg Initiative(Facebook創業者による)が挙げられますが、これ以外にもたくさんあります。どのようなところがあるかについて、Mission Investors Exchangeが同団体への登録財団名をこちらに公表していますので、参考になればと思います。
海外でのニュースや調査レポートを追っていると、経済性をより重視するファンドの方が記事に取り上げられることが多い印象を受けます。それは社会性をより重視するファンドの資金の出し手が富裕層や富裕層の資産管理会社であるファミリーオフィスのため、実態が掴みにくいといった事情がありそうです。経済性を重視するファンドは金融機関なので、各種金融規制に基づき情報が開示されますが、富裕層となるとそうはいきません。
そこで、インパクト投資業界のコンサルティング会社として非常に有名なThe Bridgespan Groupがこの社会性をより重視するインパクト・ファンドの実態と課題についてまとめたレポートを2021年4月に公表しました。本報告書は、富裕層、ファミリーオフィスやファミリーオフィスなどへアドバイザリーサービスを提供する機関など関係者に30回以上のインタビューを実施して明らかになったことがまとめられており、業界で注目を集めています。
本記事では、調査結果の中でも、1) 社会性をより重視するインパクト・ファンドがなぜ注目されているのか?2) 世界では、どの程度富裕層がインパクト投資をしているのか?に絞って、その概要を紹介します。
【原文】
※The Bridgespan Groupは、1999年に経営コンサルティング会社ベイン・アンドカンパニーからスピンオフしてできた、ソーシャルセクターを専門とする調査及びコンサルティング機関です。アメリカ・ボストンに本拠地を置く、社員約300人の非営利組織です。
なぜ社会性に重きを置くインパクト・ファンドが今、注目されているのか?
社会性に重きを置くファンドは、
質の悪い投資であったり、リターンを全く気にしない投資ということではありません。リターンの定義が一般の投資とは異なり、経済性だけではなく、どれだけ人々の生活を改善させることができたかという社会性の観点で判断されるものです。
よく”Catalytic Capital”と言われています。それは、投資先の展開する事業領域の市場が熟成しておらず、経済性に重きを置くインパクト・ファンドがなかなかリスクマネーを提供できないところに、社会性に重きを置くインパクトファンドがそのリスクをとって投資することに特徴があります。
超長期的な観点で投資を実行することができるので、仮に未成熟な市場であっても、社会的意義の高い市場にいち早くリスクマネーを提供することができます。
その結果として、より経済性を求める、他の投資家が市場参入をしやすくなるといった、触媒的(Catalytic)な役割を果たしています。例えば、Breakthrough Energy Ventures(ビル・ゲイツによるVC)がその役割をクリーンエナジーの分野で果たしています。
他にも、メインストリームの金融機関が資金提供できような、最も資金を必要としている先に低コストで資金投下することに注力しているファンドもあります。例えば、Ceniarthがこれにあたります。
コロナ危機により、気候変動、人種差別や格差社会に関する問題に関心が高まり、問題解決に向けたリスクマネーが必要とされています。
アメリカでは、社会性に重きを置くインパクト・ファンドの多くは、コミュニテイ開発(職業訓練などを含む)に投資を行なっています。
途上国において起業家は、清潔な水と衛生設備や質の高い教育へのアクセス向上といった社会インフラのサービスを提供することが多いです。投資家や仲介業者がこのような企業を探すケースが増えており、富裕層やファミリーオフィスでは、インパクトを最重要視した投資を検討する機会が増えています。
世界では、どの程度富裕層がインパクト投資をしているのか?
調査結果によると、百万ドル以上の流動資産を保有している富裕層(High Net Worth Individuals)は、世界の金融資産の40%を占めており、30百万ドル以上の流動資産を保有している超富裕層(Ultra High Net Worth Individuals)は、14%を占めています。
別の調査では、ファミリーオフィスを保有する家族は、2019年にはグローバルで7300あったとされており、これは2年で38%増加しています。ファミリーオフィスの多くは、最低でも100百万ドルの運用を行なっており、同調査によれば、総資産運用金額は5.9兆ドルです。
こちらの調査によれば、約25%のファミリーオフィスがインパクト投資を実施しています。
また別の調査によれば、2019年にはファミリーオフィスの資産ポートフォリオのうち20%をインパクト投資に割り当てていたところ、2025年にはそれが35%になるとの結果もあります。
しかし、GIINによる調査結果によれば、ファミリーオフィスによるインパクト投資は、インパクト投資市場全体の7.5%しか占めていません。
同レポートでは、ファミリーオフィスによるインパクト投資の参入に障壁になっているのは何か、導入にあたっての検討ポイントが紹介されているので、ご関心のある読者はぜひ原文に目を通していただければと思います。
社会性に重きを置くファンドの重要性
経済性に重きを置くファンドの方が注目されがちなので、「経済性に重きを置くファンドこそ資本主義の原理にあっていて正しい」、「社会性に重きを置くファンドは寄付のようなものなので投資先の評価をいい加減にやっているに違いない」、このように思う方もいらっしゃるかもしれません。それは全くの誤解であるとImpactShareは考えます。
インパクト投資市場が発展をしてきているのは、リスク選好の異なる投資家がいるためです。社会性に重きを置くファンドがいるからこそ、経済性に重きを置くファンドが市場参入することができます。実際に、財団がいち早く投資していた案件に、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタルが投資している事例もあります。発展途上国では、開発金融機関がその専門性を生かして投資した案件に年金基金などからの資産を預かるPEやVCがその後投資している事例もたくさんあります。
社会性に重きを置くファンドは、資金の出し手から社会的リターンを出しているのかどうか説明を求められます。インパクト投資業界では、社会性に重きを置くファンドの方が歴史が長いので、インパクト測定・マネジメントの発展はこういったファンドのノウハウやナレッジにより発展をしてきたといっても過言ではありません。