本記事ではインパクト評価及び検証専門とするアメリカの企業、BlueMarkから今年1月に発行されたレポート「Raising the Bar 2.0」を紹介します。本レポートは、投資家の発行するインパクトレポートをテーマに取り上げたシリーズ物で、第一弾の「Raising the Bar」はインパクトレポートには何が記載されるべきか?でした。(こちらの記事を参照ください。)Raising the Bar 2.0のテーマはインパクトレポートの第三者による検証です。今回はその検証フレームワークを取り上げて紹介します。
BlueMarkとは
BlueMarkは、2020年にロックフェラー財団他の支援を受け、インパクト投資に特化したコンサルティングファームであるTidelineによって設立された機関です。インパク投資家と事業会社にインパクト検証サービスを提供するリーディングカンパニーです。
2023年4月には、新たにS&P Global、Temasek等からシリーズAでUS$1,000万の資金調達を実施したことを発表しており、同社サービスの拡充と共に、新たにアジアを始めとした新規市場開拓を狙う方針としています。
同社は、(1) インパクト測定・マネジメント検証サービスと、(2) インパクトレポート検証サービスを実施しており、後者については、2022年12月時点で19社に対してサービスを提供しています。
Raising the Barプロジェクト
インパクト投資家は自社の投資行動が社会的課題の解決に資するインパクトをもたらしているかを説明するツールとしてインパクトレポートを発行しています。一方、インパクト投資業界内では、質の高いインパクトレポートを定義するためのガイドラインやベストプラクティスが示せていないことに課題があり、“Raising the Bar”が開始されました。
2022年4月に公表された第一弾レポートでは、 質の高いインパクトレポートに期待される主な構成要素が報告されました。今回の第二弾レポートでは、インパクトレポート検証に係るフレームワークを公表するとともに、Impact Frontiers協力のもと実施したパイロットプログラムの結果を公表しています。
前回同様、こちらのレポートの日本語抄訳・まとめも社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(Social Impact Management Initiative, SIMI)のグローバルリソースセンターに掲載されています。
「Raising the Bar 2.0」レポートの概要(フレームワーク解説)
同フレームワークでは、完全性(Completeness)と信頼性(Reliability)を2つの柱 (Pillar)として掲げ、それらを構成する4つのSub Pillarから成るもので、それぞれのSub Pillarに対して、4段階評価をします(詳しい評価基準は、レポート本紙やSIMIの抄訳で紹介されていますのでご確認下さい)。
完全性(Completeness)
インパクト投資家(以下、ファンド)のインパクト戦略およびインパクト結果に関するインパクトレポートの範囲と関連性を評価するもの。
インパクト戦略:運用するポートフォリオ並びに各投資案件レベルで、ファンドのインパクトの意図とアプローチが明確になっているかを評価する。
インパクト結果:インパクトレポートにおけるポートフォリオのカバレッジ、戦略に対する指標の関連性、インパクト結果を解釈するに当たっての文脈および定性的情報の提供度合を評価する。
信頼性(Reliability)
インパクトレポートにおけるデータの明確性と質(データマネジメントシステムや規程の厳密性を含む)を評価するもの。
データの明確性:ファンドのインパクトマネジメント、ESGマネジメントにおける開示度合いに関し、インパクト測定の方法、業界基準への適切な準拠、データのソースや前提の透明度が確保されているかを評価する。
データの質:ファンドのデータマネジメント及び品質管理に関連し、データソースとインパクトレポートにおける公表データとの関連性を評価する。
フレームワークを活用したインパクトマネジメントのパイロット調査
本フレームワークを検証するためインパクト投資ファンド7社に対するパイロット調査を実施しています。
参加企業は、 Anthos Fund & Asset Management (オランダ) 、Schroder BSC Social Impact Trust (イギリス) 、 Impact Engine (米国)、 Rally Assets (カナダ) 、 Japan Social Innovation and Investment Foundation (日本) 、 TELUS Pollinator Fund (カナダ)で、1社は非公表となっています。
パイロット調査の結果は、下上表の通りで、全4項目を通して中央値はModerate(中程度)となり、BlueMarkのフレームワークにおける水準が高いことが確認されました。その中でも、インパクト戦略はAdvanced(先進的)に分類されたファンドが2社あり、インパクトの意図を効果的に表現できているとの評価を受けています。一方、他33項目については、Moderate(中程度)、Low(低い)の評価を受けたファンドが7社中5社以上となり、インパクトレポートの市場が成熟していないことを反映した結果となりました。
以下では、パイロット調査を通したデータおよび振り返りについて説明します。
完全性(Completeness)
インパクト戦略:
ファンドの包括的なインパクト戦略をUN SDGsに沿って説明することや、各投資案件を通して解決しようとする課題について明示することに関しては、多くのファンドが実践できているとの評価を受けていました。一方で、インパクトのリスクや、ネガティブなインパクトをもたらす可能性があることに関する言及は多くのファンドで実践できていないとの評価を受けています。
主な課題
特に運用資産の大きく投資セクターが多岐に亘るファンドでは、各投資案件レベルでの投資テーマを開示することが困難。
インパクトレポートの読み手の期待する開示レベルと、インパクトレポートの評価機関であるBlueMarkの期待する開示レベルとに差がある。
インパクト結果:
全ての投資案件にインパクト指標を導入することに関しては過半のファンドで実践できているとの評価でしたが、最終的なステークホルダーの視点を織り込むこと、インパクト指標の経年評価、ESG指標の導入に関しては、多くのファンドで実践できていないとの評価を受けています。
主な課題
投資を実行したばかりのファンドや、ファンドに投資するファンドでは投資先からデータを収集することが難しい。
過去のデータ収集や、投資家として各投資案件へのデータへのアクセスへの限界がある。
信頼性(Reliability)
データの明瞭性:
ファンドのインパクトマネジメントの考え方については多くのファンドで説明できているとの評価を受けた一方、インパクトレポートに記載するデータソースや、インパクト結果を導き出す方法論を明示できているファンドは一部に留まるとの評価でした。また、IRIS+等の業界標準に沿ったインパクト算出を行えているファンドは参加企業の中で1社に留まりました。
主な課題
インパクトレポートの簡潔さと完全性は相反しており、データソースや定義の網羅的な開示には実務的な支障がある。補足資料として詳細なデータを開示することが有効。
データの質:
データの収集および管理方法に関して社内でガイドラインやマニュアルを作成することは多くのファンドで実践できているとの評価を受けた一方、データを収集・管理するためのシステムやツールを導入できている企業は半数以下に留まりました。
主な課題
パイロット調査を通してデータのサンプルチェックをする中でも、インパクトデータの保証に関してファンド側の関心と需要が追い付いていない事例が散見された。
データの質を更に担保するには、より大きなサンプル数のデータ検証を行い、ポートフォリオの投資先に直接関与する必要がある。
まとめ
今回はインパクトレポートのフレームワークについてBlueMarkのレポートを参考に解説しました。なお、BlueMarkの顧客はBig Society Capital、Bain Capital Double Impact、LeapFlog Investments等インパクト投資業界のリーディングカンパニーが多く、今回のパイロットプログラムを含め、サンプルとして全体の水準が高いため、同様のIMMを小さなファンドや金融機関が取り入れるにはハードルが高い可能性があります。
次回は、パイロット調査参加企業の一部のインパクトレポートの事例を紹介します。
<参考資料>
Raising the Bar 2.0: BlueMark’s Framework for Evaluating Impact Reporting (BlueMark, 2022/12)
投資家の発行するインパクト報告の検証方法について(SIMI, 2022/12)