海外の弁護士事務所へのインタビューシリーズ後編です。インタビュー先は、モルガン ルイス。企業法務、金融、M&A、規制対応など幅広い業務を展開している、世界的にオフィスを有する法律事務所です。
ImpactShareは、チャリティ団体(※)に対するアドバイスやインパクト投資に専門性を持ち、当該事務所の弁護士であるTomer Inbar氏とプリンシパルのAmaris R. White氏に対してインタビューを行いました。
※アメリカの財団は幅広い領域において助成活動を行っています。例えば、ゴールドマン・サックス財団などの金融機関系財団は、起業家育成プログラムや奨学金を数多く提供していたり、ロックフェラー財団などの独立系の財団は、助成活動の一環としてインパクト投資をしていたり、資産規模を拡大させるための資産運用をしています。社会貢献活動を実際に現場で実行する団体やそういった団体や個人に資金を提供する団体を総称して、本記事では「チャリティ団体」と呼んでいます。
前編ではアメリカのチャリティが取り組む主要な課題や、課題解決に果たす役割に関するインタビューを掲載しました。後編となる今回は、チャリティ団体がインパクト投資に取り組むにあたっての論点及び具体的なチャリティ団体の事例をご紹介します。そして最後に、これらの議論を踏まえた日本市場への示唆をまとめました。
インタビュー概要
チャリティ団体によるインパクト投資実施にあたっての論点
①チャリティ団体に対して課されている義務、②チャリティ団体への資金提供に係る税控除の2点のがあります。
①チャリティ団体に対して課されている義務
ゲイツ財団やロックフェラー財団などのアメリカのチャリティ団体は、税法上の民間財団(プライベート・ファウンデーション)として法人税がかかりません。そのためには、アメリカ税法上で規定する公益目的事業のうち一つ以上をチャリティ団体の運営目的として定款に規定すること、チャリティ団体の資産は永久に公益目的事業に使用されるなどの要件を満たす必要があります。本条件を満たす事業に係る所得は非課税ですが、条件を満たさない事業からの所得は課税対象となります。
参考:公益目的事業
貧困・障害・被差別への支援
宗教普及
教育学術増進
公共建築物、記念碑、造作物の建立維持
政府負担の軽減
偏見差別の排除
法律で保障された人権・市民権の擁護
コミュニティの環境悪化、青少年の非行防止
加えて、チャリティ団体の運営要件として、様々なものがありますが、特に団体資産の5%を「公益目的活動」に費やすことが法律で義務付けられている(5%ルール)点は注目に値します。「公益目的活動」とは、非営利法人への助成金を提供することだけでなく、プログラム関連投資(Program Related Investment、PRI(※))など、投融資等も含まれます。
※PRIは、環境的・社会的課題解決を目的とするプロジェクトに、低金利での融資や出資を行う投資手法です。返済されること、あるいはリターンが期待されている点、助成金と異なります。例えば、恵まれない学生に対する低利または無利子のローン、非営利の低所得者向け住宅プロジェクトに対するハイリスクの投資、経済的に恵まれないグループのメンバーが所有する小規模事業への低利融資などが挙げられます。
5%ルールには、資金の回収可能性のある投資も含まれていることが大きなポイントです。その結果として、環境的・社会的課題解決をしながらリターンも生み出すことに関心を持っている、若い世代の富裕層にとって魅力的な手法と考えられているという実態もあります。
ここで、法的論点も触れておきます。
【5%ルールを使ってチャリティ団体が投融資を行う場合】
チャリティ団体が「チャリティ活動」として投融資等を行う際、投資先との間で契約書を締結します。その際、当該投融資が「チャリティ活動」の目的に沿っていること、投融資先がその目的通りに資金利用することを投資契約に盛り込む必要があります。「チャリティ活動」の該当性は税法上、細かく定められています。加えて、特定のプロジェクトではなく、投資先企業本体へ投融資をしたとしても、想定されている環境的・社会的課題解決に直結するとは必ずしも限らないため、どのように資金が用いられたのかを追跡することが出資者であるチャリティ団体側の関心事となります。この具体的な資金の利用目的や使用方法を明示した契約書を作成し、資金の使途を明確に規定することが重要です。
【5%ルールを使ってチャリティ団体が助成を行う場合】
チャリティ団体が環境的・社会的課題解決をする組織やプログラムに助成を行ったとします。その際、助成先が契約で定めたチャリティ目的を達成しなかったときに、資金をチャリティに返還させる条項を含めることも選択肢としてあります。チャリティ団体側は5%ルールがありますので、5%基準を確実に充足できるように当該条項を入れるインセンティブが働きます。しかし、助成先にとっては資金の返還を義務付けられることは大きな負担となりますので、契約書に当該条項を入れられるかどうか、交渉で大激論になるポイントです。
②チャリティ団体への資金提供に係る税控除
チャリティ団体は、寄付者から資金を集めています。アメリカでは、個人及び法人がチャリティ団体へ寄付をした場合、所得控除ができます。個人が現金を寄付した場合には課税所得の30%まで控除可能であり、土地などの資産を寄付した場合には、課税所得の20%まで控除可能です。税控除がチャリティに対する寄付の大きなインセンティブとなっています。法人がチャリティ団体に寄付をした場合、控除の限度は課税所得の10%になっています。もし税制上の優遇措置がなければ、寄付の総額は減少すると言われています。特に富裕層にとっては、寄付は社会貢献だけでなく、税制上の利益という側面も持っています。
チャリティ団体は、寄付者からの受託者として、資金を適切に管理する必要があります。投資契約の条件についても、寄付者からの資金の利用方法への期待を裏切らないよう、慎重に交渉を行うことが求められます。交渉の対象となる条件としては、例えば、投資先の取締役会等における席の確保、最恵国待遇条項、税務上の保護措置、情報開示の権利等が考えられます。これらの条件を適切に設定することで、公益目的事業としての特性を確保しつつ、投資家としての利益も守ることができます。
Prime Coalitionのケース
Prime Coalitionは、ファミリーオフィスで勤めていたSarah Kearney氏によって2014年に設立されたアメリカのチャリティ団体です。彼女は、技術革新が気候変動問題の解決にとって重要であると信じる、複数のチャリティ団体のネットワークの構築を目指しました。彼女は、テレコム系企業のトップが創設したChesonis Family Foundationでの経験などをもとに、富裕層の家族が資産を運用するだけでなく、公益目的活動にどのように活用できるかを模索する中で、Prime Coalitionのコンセプトを思いつきました。
Kearney氏が着目したのは、環境やエネルギー分野のスタートアップが直面する「死の谷」と呼ばれる資金不足の問題でした。技術的に優れたアイデアを持ちながらも、資金調達の難しさから成長できないことが多くありました。チャリティ団体にはこの課題に対して果たせる役割があると考えました。
Prime Coalitionは設立以降、優れた企業を発掘し、ファミリーオフィスを共同投資に巻き込むことから始めました。インパクトが期待できる投資先に対してチャリティ団体が主導して資金を提供する仕組みを作りました。しかし、当初は他に投資する仲間が見つからず、うまくいきませんでした。
次に自社のバランスシート上の自己資金を活用するファンドを設立し、他のチャリティや投資家からのPrime Coalitionへの寄付や融資を集めました。企業の実態に合わせて様々なファイナンス手法を活用することによって、投資先の成長を支援しました。その結果、この仕組みは成功し、他のチャリティ団体も同様の手法を取り入れ始めました。
最終的に、Prime Coalitionは独立した投資運用会社を設立し、外部投資家が出資する資本を呼び込む形のインパクト投資ファンドを立ち上げました。これにより、約1億2,840万ドルもの資金を外部投資家から集め、大規模な財団や富裕層、環境問題に関心を持つ投資家からの支持を得ることに成功しました。
Prime Coalitionのモデルは、社会課題を解決することに主眼があるチャリティ活動と経済的リターンを狙うことができる投資を組み合わせる新たな手法として注目され、多くの団体がその成功を模倣しています。この成功事例は、チャレンジングな課題への粘り強い取り組みの重要性を示しており、Prime Coalitionは現在も新たなプロジェクトを通じて、インパクト投資の可能性を広げています。
日本市場への示唆
ImpactShareは、Morgan Lewisへのインタビューでは、彼らがリーガルアドバイザーとして関わっているアメリカのチャリティを中心に話を伺いました。アメリカと日本ではチャリティに関する法制度が異なるため、安易にアメリカのプラクティスを模倣することはできませんが、実態として、アメリカにおいてはチャリティ団体がリスクの高い社会課題の解決を志向する企業に対して資金拠出を行うことによって、市場が参加しやすい状態を作り出していることにチャリティの実務的な意義が見い出されているという点には学ぶべき要素があるといえます。
日本においても社会課題に取り組むスタートアップが増加する中、彼らの資金繰りをカバーすべく、インパクトファーストの投資家によるリスク資金の供給を経て、市場の投資家を巻き込むという慣行を作り上げていくことが重要であると考えます。
コントリビューター

参考
米国における財団の投資戦略及び助成活動(野村資本市場研究所、2023 Spring)
米国における501(C)(3)団体に係る寄付金税制の概要 (内閣府NPOホームページ) https://www.npo-homepage.go.jp/about/kokusai-hikaku/beikifuzei-gaiyou
米国助成財団の助成事業のあり方(公益法人協会)https://kohokyo.or.jp/files/research/report/docs/us-chousa_2014.pdf
PRIVATE FOUNDATIONS AND THE 5 PERCENT PAYOUT RULE (PHILANTHROPY ROUNDTABLE) https://prt-cdn.philanthropyroundtable.org/wp-content/uploads/2023/11/29142321/Private-Foundations-and-the-5-Percent-Payout-Rule.pdf
Prime Coalition https://www.primecoalition.org/people-library/sarah-kearney