インパクト投資は財務的リターンとインパクトリターンを並行する投資であり、投資家によっては、よりインパクトを重視する投資家もいれば、財務的リターンを重視する投資家がいることをこちらの記事で紹介しました。よりインパクトリターンを重視する投資家(インパクトファースト)は、以前こちらの記事でも紹介しました。その後、国内においても関心が高まり、国内外で研究や取り組みが進んでいます。
このような状況の中で、他国でどのような議論が行われているかを知ることは、今後の日本におけるインパクトファーストの投資家の育成にあたって非常に有益だと私たちは考えています。そこで今回は、主として社会貢献活動を実際に行う団体であるチャリティや主として社会貢献をする団体や個人に資金を提供する団体である財団(以下、総称して「チャリティ」といいます。)に対して法的なアドバイスを提供するアメリカの法律事務所の1つであるMorgan, Lewis & Bockius LLP(以下「モルガンルイス」といいます。)の所属弁護士に対してImpactShareが独自に行ったインタビューの内容を紹介します。
法律事務所 モルガンルイス
モルガンルイスは、世界的にオフィスを有する法律事務所の1つであり、企業法務、金融、M&A、規制対応など幅広い業務を展開しています。
最近はインパクト投資に注力しており、全体で50人以上の弁護士が同分野に関与しています。法的アドバイスの提供にとどまらず、インパクト投資コミュニティを形成する観点から、東京やニューヨークでイベントを開催したり、業界関係者との交流を促進したり、専門知識を共有したりすることによって、インパクト投資業界全体をサポートしています。
今回は、チャリティに対するアドバイスやインパクト投資に専門性を持つ弁護士であるTomer Inbar氏とインパクト投資担当プリンシパル Amaris R. White氏に対してインタビューを行いました。
Tomer Inbar氏は、アメリカ国内および国際的な非課税団体(およびそれらと取引する営利企業)に対して、幅広い分野で法的支援を行っています。具体的には、非課税資格の取得・維持、税務および企業関連の課題、インパクト投資やチャリティ投資、商業活動などを取り扱っています。
Amaris R. White氏は、モルガンルイス初のインパクト投資担当プリンシパルです。アマリスは、同事務所のインパクトクライアントに対するアンバサダーおよびクライアント・ポートフォリオ・マネージャーとして活動しています。また、モルガンルイスのインパクト法務分野の発展を推進し、クライアントや市場との関係構築と維持にも力を注いでいます。
インタビュー概要
アメリカにおけるチャリティの活動
チャリティは、アメリカにおいて社会的課題の解決に向けた資金提供を行う重要なプレイヤーです。インパクト投資を成功させるためには、組織が追求する分野や成果を明確に定めることが不可欠なので、アメリカにある多様なチャリティは、それぞれのチャリティの目的に従いつつ、幅広い活動を展開しています。例えば、あるファミリーオフィスは、ヘルスケア分野に注力し、低所得者向けの医療アクセスを改善する投資を行っています。他にも、教育、環境、住宅問題など、さまざまな社会課題を解決するための投資が行われています。
アメリカのチャリティが取り組む主な課題
インパクト投資を通してアメリカのチャリティが取り組む主な課題の1つに、資本の流れとアクセスの格差の問題があります。具体的にどのような問題かというと、歴史的に見ると、特定の層(白人男性、中年、高学歴の人々など)に資本が集中し、少数派や女性には十分な資本が行き渡っていないという現実があります。例えば、ネイティブアメリカンの企業やファンドマネージャー、女性起業家、黒人・褐色人種の投資家や事業者は、従来の金融システムへのアクセスができず、思うように資金調達ができないなどの課題に直面しています。
インパクト投資の目的の1つは、こうした不均衡を是正し、多様な投資先への資本供給を促進することにあります。資本が今までアクセスのなかった人々や課題に提供されることで、社会のあり方を変化させることができると考えられているのです。例えば、女性起業家がより多くの資本を得ることで、女性中心のビジネスが拡大し、新しい市場が生まれる可能性があります。また、恵まれない家庭が住宅購入の頭金を確保できるような資本支援があれば、住宅市場の構造そのものが変化する可能性もあります。
資本が供給されることによって社会的な構造が改善されうるという意味で、こうした動きは、資本が社会に対して与えるインパクトを改めて見直すきっかけとなります。したがってチャリティには、偏りの無い資本の分配を実現することによって社会構造の改善を手助けするという役割が期待されています。
アメリカのチャリティが取り組む課題の変遷と地域差
モルガン ルイスの調査によれば、2021年から2023年にかけて、チャリティによるインパクト投資に関する戦略には移り変わりがあります。気候変動について見ると、2021年から2022年にかけて盛り上がりを見せたものの、2023年には2021年時の基準にまで後退しています。一方、資金調達をする場合の金融システムへのアクセスというテーマについては2022年までは低調でしたが、2023年には全体の40%を占めるにまで至っています。
なお、地域という観点からアメリカとヨーロッパを比較すると、ヨーロッパでは気候変動対策への投資が特に重視されているのに対して、アメリカではアクセス、多様性、人種平等、女性の資本アクセスなどがより大きな問題として認識されている点は興味深いところです。
チャリティが環境的・社会的課題の解決に果たす役割
チャリティの本質的な役割は、財務的リスクを取りつつ、インパクト投資を活用しながら市場を活性化させることにあります。その意味で、チャリティは社会的なミッションを重視しつつ、インパクトを追求する企業の成長をしっかりと支援する必要があります。活動を通じて今まで解決されてこなかった環境的・社会的課題を解決する一方で、商業的な利益追求に偏りすぎないというバランスを保つことがチャリティには求められます。
チャリティが果たすべき重要な役割の1つは、市場が未成熟な、リスクが高いプロジェクトや企業にいち早く投資することによって、その経済的なリスクを軽減することを支援することにあります。財務的リターンを重視する投資家は基本的に財務的リターンを重視するため、財務リターンの見込みづらい、リスクの高いプロジェクトには関心を示しません。そのため、これらのチャリティが資金を提供し、実績を積ませ、市場が引き継げる状態を作り出すことが成功の鍵となります。こうした資金は「触媒資本(Catalytic Capital)」や「忍耐強い資本(Patient Capital)」とも呼ばれ、従来の金融市場では支援を受けにくいアイデアや人々に機会を提供します。
そのような活動は政府がするべきだ、という意見も聞こえてきそうです。政府は政治的な制約が多いため、リスクを伴うプロジェクトを直接支援することが難しいところがあります。一方で、チャリティは自由度が高いため、政府や市場が引き継ぐまでの橋渡し役を担うことができます。ちゃんと機能すれば、新たな社会的課題への対応を試みる実験の場となり、創造的な解決策を生み出すことができると期待されています。
後編では、契約書等法的な観点を深堀りします。
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