2月初めに、Tickrという英国の個人投資家向けインパクト投資サービスを行うスタートアップが250万ポンドの資金調達を発表しました。同社の提供するサービスには、ミレニアル世代を中心に10万人のユーザーがいます。
リード投資家はインパクト・スタートアップに特化したVC、アダ・ベンチャーズです。資金調達目的は、プロダクト開発とユーザーの拡大、そして現在はイギリスのみを対象としている市場をヨーロッパへの拡大を見据えるということです。
以下の理由で注目に値するスタートアップと考え、本記事でご紹介します。
インパクト投資へ注目が集まりつつあること
ミレニアル世代は、自分の仕事、お金(経済活動)の使われ方と自分の生きている価値観・パーパスを一致させることに重きを置いていること
デジタライゼーションや制度の進化で、投資の幅が広く、手軽になってきていること
Tickrの提供する2つのサービス
同社は社会的インパクトをテーマとした、二つのサービスを個人に提供しています。
経済的リターンを求めながら関心のあるテーマに投資ができるサービス
個人が継続的に寄付することでカーボンオフセットに貢献できるサービス
以下、詳細を紹介します。
経済的リターンを求めながら関心のあるテーマに投資ができるサービス
個人投資家は、同社のサービスにユーザー登録することで、社会的インパクトをテーマとしたいくつかの金融商品の中から好きなものを選び、資産形成することができます。
シンプルでわかりやすいUI/UXになっているため、ユーザーは数分でユーザー登録し、商品の選択が完了できます。サービスはアプリのみで提供されています。
登録後、①投資限度額、税控除などの条件、②自分の関心のあるインパクト・テーマ、③リスクレベルといった3つのステップをユーザーが入力し、ユーザーの好みに合ったポートフォリオをTickrが提案してくれます。
現在は、インパクト・テーマとして以下の3つがあります。テーマごとにサブ・テーマもあります。
①People:Pharma Breakthrough, Digital Learning & EdTech, Cybersecurity & Data Privacy
②Planet :Sustainable Future of Food, Clean Water, Global Clean Energy
③People & Planet (上記全て)アプリをダウンロードし、ユーザー登録をすると、自分にあったポートロフォリオを選択するための3つのステップが表示されます(画面1)。テーマ設定画面(画面2)では、インパクト・テーマの3つから一つ選びます。例えば、「Planet」を選ぶとサブ・テーマが表示されます。サブ・テーマごとにそれぞれが投資することとなる金融商品(ETF(※)。主にBlackRock、 Laxor Asset Management、Legal & Generalが運用。)を見ることができます。当該ETFが投資しているトップ10の銘柄(画面3)と、その中でも注目すべき企業名を見ることができます(画面4)。さらに、当該 ETFが投資する地域や投資指標などの基礎情報も簡単に見ることができます(画面5)。
画面(同社アプリより)
ビジネスモデルが特徴的です。売買額に応じた手数料モデルではなく、基本的には月額£1のサブスクリプション・モデルになっています。しかし、£3,000以上を投資すると、プラットフォームフィーの0.3%が追加チャージされます。
個人が継続的に寄付することでカーボンオフセットに貢献できるサービス
ユーザーは、自分が削減したい二酸化炭素の量に応じて、寄付プログラムを選びます。例えば、「1X」プログラムでは、イギリス人の月平均二酸化炭素排出量をオフセットするものになり、2Xの場合にはその2倍、4Xは4倍を表します。
Tickrは、それぞれの目標に貢献している非営利団体のプロジェクトにユーザーから集めたお金を寄付します。
個人が日常生活で出している二酸化炭素をこういった寄付を通じてオフセットすることができる、そのような考えに基づいてサービス設計がされているようです。
「1X」プログラムの場合は、£5.99/月 です。2.63m3の北極の氷が溶けるのを防ぎ、0.88ton のCO2 emission (UK一人当たりの1ヶ月の平均排出量)をオフセットするそうです。
創業・ミッション
Tickrは、イギリス人のMatt Latham と Tom McGillycuddyが創業し、2019年にローンチされた新しいサービスです。2人は金融機関で勤めた経験から、投資業界の複雑性と専門性、高い管理報酬、何よりも環境などの地球課題に無関心な業界に限界を感じ、Tickrの創業に至りました。
彼らによれば、インパクト投資はポジティブな変化を起こすことができるにも関わらず、一部の専門家、富裕層や大規模な機関投資家にアクセスが限定されているもの になってしまっているー そんなインパクト投資の機会を多くの人に提供するため、簡単で、インパクトと透明性を兼ね備えたプラットフォームを提供することにしました。
今後の発展可能性と課題
地球規模の社会課題やインパクト投資への関心が高まっています。さらに、TickrのようなシンプルなUI/UXに経済・投資活動を通してより良い社会の実現を望む若者が惹きつけられる可能性があります。これは今まで証券市場を積極的に利用していない層であるともいえます。
さらに、より多くの人がインパクト投資、さらに社会課題の解決に挑戦する企業に関心を持ち、少額で投資することで、インパクト投資業界の発展につながる可能性もあります。
一方で、課題もあります。
投資リターン期待値が公表されていないだけでなく、個別の金融商品を選ぶことができません。また、インパクトに関連するETFの数が少ないため、投資の選択肢が限られています。このようなETFは比較的新しく組成されたものであるため、過去の実績データが限られています。さらに、ETFを通じて投資されている企業がインパクトを創出できているのか、ユーザーに説明がされていない点も透明性の観点から課題です。
個人投資家向けのインパクト投資プラットフォームは、他にもありましたが、うまくいかなかった歴史があります。例えば、米国のSwellやMotif Investingは2019年、2020年にそれぞれ倒産しました。Swellは$50からの少額インパクト投資を可能にし、2018年に$30Mを調達しましたが、スケールに至りませんでした。Motif Investingは$300から投資可能としたロボ・アドバイザーでしたが、こちらもうまくいきませんでした。約10年間、合計$125MのVCや大手銀行からの資金調達と$850Mの運用残高が報告されていますが、顧客獲得が課題となりました。
顧客のハートをどう掴むか
インパクト投資業界は大規模な機関投資家の参入が相次いでいるため、近年大きな成長を遂げています。しかし、個人投資家がこの成長に参加する機会は現在、限られています。個人投資家の日常生活や価値観に寄り添ったサービスを提供し続けられるかどうかが成長の鍵になると思われます。
このようなサービスが普及・成長することで、個々人が資産形成においても、またカーボンフットプリント(CO2排出)においても、自らの経済活動を通じて社会的インパクトを追及できる日が来るかもしれません。
※ETFとは:Exchange Traded Fundsの略で、上場投資信託のことをいう。ある指数と同じ値動きをするように、さまざまな株や債券などを組み合わせて運用されている金融商品(インデックス型投資信託)を株のように売買できる商品となっている。詳しくは “6.株と投資信託のいいとこ取り?「ETF」の魅力とは”(東証マネ部!)参照。
【参考資料】
Tickr, which allows retail investors to back impact companies, secures $3.4M from Ada Ventures (2/5/2021, TechCrunch)
Swell (crunchbase)
Responsible robo-advisor Motif shuts down, with Folio and Charles Schawb divvying up the business (5/11/2020, Impact Alpha)