より良い資本システムの構築へ:インパクト、ESG、そして責任あるAIの時代
「インパクト投資のこれからとAI時代の課題と可能性」をテーマに、責任投資やESG統合を行うVC(ベンチャーキャピタル)やそのLP(Limited Partner:有限責任組合の出資者で、VCに投資する投資家などを指す)向けのコミュニティを運営するReframe VentureのCEOであるJohannes Lenhard氏、Project Liberty InstituteのDirectorであるPaul Fehlinger氏にインタビューをしました。その概要をお届けします。
ヨハネス・レンハルト博士(Dr. Johannes Lenhard)
Reframe Ventureの CEO。責任投資を中心とする500を超えるVCと120を超えるLPから成る大規模なコミュニティ型非営利組織の代表を務める。ケンブリッジ大学講師。VC における DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)やパリのホームレス問題などについての著作がある。
ポール・フェヒリンガー(Paul Fehlinger)
Project Liberty Instituteの Policy, Governance Innovation & Impact(政策・ガバナンスイノベーション・インパクト)担当ディレクター。LP、VC、政策立案者、起業家とともに、AI 経済の将来や責任あるイノベーションに関するグローバルな取り組みを主導。ハーバード大学のVCに特化したフェローでもあり、VC+POLICYの発行者でもある。
インパクトとESGは、金融業界で頻繁に使われる言葉になりましたが、その意味はしばしば混同され、誤った理解や意図しない結果を招くこともあります。今回の対話では、次のテーマを深く掘り下げました。
インパクトとESGの本質的な違い
インパクト投資が、長期的に健全な社会・環境にとってなぜ不可欠なのか
優れた実践とは何か、そしてなぜそれが難しいのか
AIという構造的変化が、インパクトコミュニティにとっていかに脅威であり、同時に大きな機会でもあるのか
なぜインパクトに取り組むのか
Q. インパクトとは何か、投資家がそれを考えるべき理由は?
インパクトとは結局のところ外部のアウトカム、つまりプロダクトやサービスが世界にもたらす目に見える な変化です。インパクト投資とは、明示的に市場リターンと社会的成果の両方を追求する投資のことであり、プロダクトや サービスが生み出す価値に基づきます。これはESGとは本質的に異なります。
ESGは「企業がどのように運営されているか」というプロセス重視。ガバナンス構造は強固か?環境リスクは管理されているか?従業員は公正に扱われているか?などです。ESG統合とは、企業を適切に運営することです。
一方でインパクトは、「その企業が存在することで、世界はどう変わるのか」という結果志向です。インパクトは道徳の議論ではなく、長期的で戦略的なシステム設計の問題です。今日の投資判断は、エネルギー、食料、労働、データといった未来の社会基盤を形づくります。
事業成長とインパクト成長が連動しないなら、それはインパクト・スタートアップではありません。
インパクトは構造的・測定可能であり、ガバナンスとインセンティブに紐づくものであり、副次的な効果であってはならないと考えます。
ESGの統合とインパクト投資の違い
Q. 実務では両者を同一視する方々も多い。何が問題?
混同の背景には、両者をあたかもそれらが単に「善を行うこと」を意味するかのように、「サステナビリティ」という概念の下に一括りにすることで生じています。そして、それがグリーンウォッシングを助長していています。企業はESGという言葉を用いることで、実質的な成果を伴わずにポジティブなインパクトを生み出しているように見えてしまいます。実際、 ESGは有害な製品を生産する企業を含めたあらゆる企業に適用されます。なぜならESGは企業の事業そのものではなく、運営方法に焦点を当てているからです。
ラベルにこだわり過ぎず、具体的な指標で語ることが重要です。気候なら炭素、ヘルスケアなら健康寿命、AIならデータ主体性と説明責任、といった具合です。米国の多くの資金の出し手であるLPが今やESGではなく「責任投資」と言うのは、実践が変わったからではなく、ESGという略語が政治化されてしまったからです。
実務的な違い:
インパクト投資やESGの実践例と課題
Q. インパクト投資やESG統合における優れた実践例があれば教えてください。
インパクト投資においても、企業のESG統合においても、 実践においては 企業全体に戦略と責任が行き渡っていることが鍵です。ESG統合やインパクトの実践を特定の担当者だけに任せるのではなく、法務、オペレーション、投資チーム、ポートフォリオ支援チームなど、組織全体に機能を持たせる必要があります。時間のかかるプロセスですが、継続的に成果を出すうえでは重要です。
加えて、GP(General Partner:無限責任組合員で、VCの運営者などを指す)の意志やインセンティブ設計が決定的に重要です。ポジティブなインパクトを創出すること自体がファンドのアイデンティティであり、起業家が自らインパクトを信じ、指標が企業成長のKPIと結びついていなければ、本物のインパクトは生まれません。
インパクトを測るには、見せかけの指標ではなく、真の変化を示す指標が必要です。成果が数年かかる場合や多次元的な場合、測定は特に難しいですが、誤った指標は行動を歪め、基準は逆効果のインセンティブを埋め込む可能性があるので注意が必要です。気候に関する指標は比較的成熟しているが、デジタルシステムにおける人間の主体性の影響は未成熟であり、投資家向けツールへの学際的な翻訳は今後必要となるでしょう。
インパクト投資における資本の役割
Q:インパクトの主な原動力は民間資本であるべきだと思いますか?
民間資本は万能薬ではないが、解決策を世界規模で拡大する上で非常に大きな力がある と考えます。慈善活動は重要ですが、単独ではスケールを持つには限界があります。フロンティア市場や新興市場におけるVCは、アクセスと生計手段を大幅に加速し得ます。
同時に、民間資本は「move fast and break things」という姿勢を美化するのを止めねばならないとも感じています。過去のモデルは異なる時代に成功したものであり、そのネガティブな部分は再現する必要はないと思います。私たちは、LPこそ長期的な問いを投げかけるべきだと考えます。例えば、受益者は25~50年後に何を必要とするか?現在の資金配分はそれをどう可能にするか?など、短期的な経済成長のみを追求していては限界があります。
LPは長期的な資産の管理者です—年金基金、政府系ファンド、財団などです。彼らは投資方針と期待を形成することで市場を動かし、消費者と企業は信頼できるテクノロジーへの需要を生み出し、政府はルールを決めます。最も強力な変化は、LPによる責任ある資産管理、市場の需要、そして政府による規制の圧力が連携し、組み合わさったときに起こると考えます。
モメンタムとバックラッシュ
Q:ESGへのバックラッシュに対して、業界はどのように対応すべきでしょうか?
特に米国では用語が変化しましたが、実践は続いています。多くのGPは「ESG」という略語を避けていますが、それでも依然として責任投資を実行しています。重要なのは、気候領域なら炭素、ヘルスケアなら臨床アウトカム、AIならデータ主体性といった、実質的な課題に焦点を当てることです。ラベルを議論するのではなく、中身を議論すべきです。
用語は政治によって変わりますが、コミットメントは変わるべきではありません。「責任投資」という言葉は一部の市場ではより持続性があるかもしれませんが、使命は変わりません:リスクを管理し、測定可能な成果を追求することです。
AIによるシステミックリスクとResponsible AI (責任あるAI)がもたらす機会
Q:AIはどのように状況を変えるのでしょうか?
AIは汎用インフラ 技術であり、農業、健康、教育などにおけるインパクトを加速し得ます。しかし同時に、自律性 の喪失、労働市場の混乱、市場権力の集中、データ搾取 といったシステミックリスクももたらします。機関投資家の間では、システミックなAIリスクに対する懸念がますます高まっています。
重要な視点は二つあります:
Impact with AI(AIを用いたインパクト)
農業におけるドローン、医療における予測モデル、教育におけるパーソナライズ学習など、ソリューションにAIを活用するケースです。これはデューデリジェンスのあり方を変えますが、必ずしも投資家を「AI投資家」にするわけではありません。
Impact in AI(AI へのインパクト投資)
AI経済のインフラとガバナンスへ投資することです。データ主体性、監査システム、プライバシーテクノロジー、公共利益AIなど。この領域は、大きく成長する市場です。
従来のESGチェックリストでは不十分です。投資家には、安全で社会的に有益なAIのための、 エビデンスに基づく“北極星指標” が必要です。AIの進化速度を考えると、市場を形成するための時間は今しかありません。ガバナンスと監査ツールは商業的なプラットフォームになり、インパクトと収益の両立が可能になります。
最後に:市場の成熟への期待と呼びかけ
今回の対話では、以下の4つのポイントの重要性が強調されました。
略語やラベル によるブランディングではなく本質的な中身の議論へ移行する
成長とインパクトを、ガバナンスとインセンティブのレベルで結びつける
AI時代のための新しいデューデリジェンスツールを開発する
長期志向の主体(LP、公的機関、フィランソロピー)が連携する
「GPレベルでアラインしていなければ、そのファンドはインパクトファンドではありません。インパクトは付属品では成立しません。」ーレンハルト氏
「Responsible AIは、ヘルスケアと気候分野以来、最もエキサイティングなインパクト投資領域かもしれません。リスクは大きいが、市場機会は確実に存在します。」ーフェヒリンガー氏
今回のインタビューを通じて、今後実践に役立ちそうなポイントは以下に集約されます。
略語ではなく具体で語る。セクター固有の論点が、ラベル の議論より重要。
責任をチーム全体に浸透させること 。分散されたオーナーシップが持続的変化を生む。
AIは二つのトラックで扱う:AI活用企業の精緻なDDと、ガバナンス基盤への投資。
GP/LPのインセンティブ整合性を取る。インパクトはファンド設計そのもの。
システムと数十年の視点で考える。短期主義は意義あるインパクトを損なう。
インパクト投資は、指標とガバナンスに基づく実務であると同時に、金融がより良い未来を共に築けるという信念に支えられた哲学でもあります。そこに必要なのは、謙虚さ、厳密さ、そして勇気です。
未知への謙虚さ。測るべきものを正しく測る厳密さ。そして、どの市場を構築するかを選び取る勇気。世界中の数多くの責任投資やインパクト投資、ESG統合に取り組むLPやVCと対話する2名の話を聞き、私たちはその重要性を改めて実感しました。



