ラテンアメリカにおける「シルバーエコノミー」の発展
過去20年間、ラテンアメリカでは若年人口の増加による「人口ボーナス」の恩恵を受けてきました。しかし、米州開発銀行(Inter-American Development Bank)によれば、2050年までに同地域の人口の4分の1超が60歳以上になる見通しであるということです。成長が鈍化し、人口が高齢化するにつれて、投資家たちは同地域に「シルバーエコノミー」としての投資機会を見出し始めています。
本記事では、ラテンアメリカにおいて進みつつある「シルバーエコノミー」の市場化と、それを支えるインパクト投資の動きを紹介します。特に、高齢化という社会課題がどのように投資機会へと転換されつつあるのかに注目し、日本への示唆を考えます。
課題に特化したアクセラレーターとスタートアップ
健やかな高齢化の解決策を見出すため、高齢者(シルバー世代)向けサービスへのアクセス障壁を取り除くスタートアップを支援するアクセラレーターとして、Región Plateada(英語名:Silver Region)が2024年に立ち上げられました。このプログラムは、米州開発銀行のベンチャー部門であるIDB Labと、コロンビアに拠点を置き、高齢化問題に詳しい非営利団体Fundación Arturo Sesanaによる取り組みです。選定されたスタートアップには、最大10万ドルの資金提供と技術支援が行われます。これは、スタートアップを通じて社会課題の解決を図る点で、インパクト投資の考え方と親和性が高い取り組みといえます。
第1期には、チリのHoraSaludが参加し、高齢者による医療予約の取得・キャンセルを遠隔で可能にするとともに、リマインダーによる無断キャンセル削減や診療所での待ち時間短縮を実現しました。同じくチリのMistatasは、転倒を検知し、20秒以内に支援ネットワークへ通知する緊急アラートシステムを開発しています。
コロンビアのGlyaは、自宅に設置するIoTデバイスを通じて慢性疾患をモニタリングするサービスを提供しており、スマートフォン用の専用アプリを必要とせず、WhatsAppを主なコミュニケーション手段として活用することで、高齢者の操作負担を軽減しています。
実務家の立場からこの状況を見ているのが、Región Plateadaの運営責任者であるMaría Andrea Orduzです。彼女は、高齢者ケアシステムが限界に近づいている現状を指摘し、サービスへのアクセス改善と要介護化の予防が、生活の質向上と長期的な社会コスト削減につながると述べています。また、成功する起業家の条件として、単なるデジタル化ではなく、高齢者の実際の生活に即して摩擦を取り除き、提供のあり方を再設計する重要性を強調しています。
社会課題から市場へ
世界中の高齢者は、現代的なサービスへのアクセスに共通した課題を抱えています。具体的には、スマートフォンの利用やデジタルプラットフォームへのアクセス、人を介さないサービスに対する不信感などが挙げられます。ラテンアメリカでは、経済活動の多くが依然として現金中心であることが、こうした課題をさらに深刻化させていると指摘されています。
一方で、Región Plateadaの運営責任者であるMaría Andrea Orduzは、「これらの課題を単なるデジタルリテラシーの問題として捉えるべきではない」としています。重要なのは、デザインへの信頼や金融商品へのアクセス、そして高齢者を本質的に価値ある顧客として認識する視点であると彼女は強調します。
こうしたアクセスギャップは、高齢者向けのケアやインクルージョン技術に注力するスタートアップの成長を促しており、投資家の関心も高まりつつあります。Orduzは、シルバーエコノミーが社会問題として見られる段階から、真の市場カテゴリーとして扱われる段階へと移行しつつあると指摘しています。
世界的にも、より大規模な展開や統合の兆しが見られます。例えばコロンビアでは、デジタル金融業者KOAがExcelCreditと統合し、年金受給者向け融資を拡大しました。年金からの自動返済を可能にしたことで申請プロセスが簡素化され、高齢者にとっての金融アクセスの障壁が低減されています。
こうした動きは、社会的インパクトと事業性を同時に追求する投資機会として注目され始めています。
シルバーエコノミーに対するファイナンス
シルバーエコノミーの市場化は着実に進みつつある一方で、インパクト投資の世界において、この市場が本格的な投資テーマとして扱われることは依然として限定的であるとの指摘もあります。コロラド州デンバーに拠点を置き、「高齢化の価値を見直す」ことに注力する財団Next50のPeter Kaldesは、そうした認識を示す有識者の1人です。Kaldesは、高齢化社会の危機が顕在化する前から資本を投入している点を取り上げ、IDB Labの取り組みを高く評価していますが、全体としては、アメリカは人口動態的にはより課題が深刻であるにもかかわらず、資本の投入では後れを取っているという冷静な見解を持っています。
一方で、Orduzは、シルバーエコノミーへの資金供給は、今後大きく拡大する余地があると見ています。とりわけ、保険会社や雇用主といった既存プレーヤーを含む既存チャネルを通じた流通は、成長を加速させる重要な要素になり得るといいます。
これまでこの分野への投資の多くは、ブレンデッド・ファイナンスやフィランソロピーに依存しており、民間投資家の関与は限定的でしたが、そのギャップを埋めるため、New VenturesとIDB Labは、投資家の理解を深め、民間資本を呼び込むことを目的とした新たなイニシアチブの立ち上げに向けて提携を始めました。
日本への示唆
ラテンアメリカにおけるシルバーエコノミーへの取り組みは、高齢化がすでに進行した日本にとっても重要な示唆を与えています。日本ではすでに人口の約35%が60歳以上に達していると考えられており、高齢化は将来の課題ではなく、現在の社会・経済構造そのものとなっています。
日本では、医療・介護・年金といった分野で制度や市場が整備されてきましたが、シルバーエコノミーを成長市場として捉え、民間資本を本格的に呼び込む枠組みは十分とは言えません。資金供給は依然として公的支出や制度金融への依存度が高く、ラテンアメリカでIDB Labが果たしているような、市場形成を目的とした触媒的資本の役割は限定的です。
また、Región Plateadaの事例が示すように、シルバーエコノミーの成長は、保険会社や金融機関といった既存チャネルとの接続によって加速します。日本においても、高齢者向けサービスは分野ごとに分断されがちであり、統合的な顧客体験を前提とした事業・投資設計には大きな余地が残されています。
ラテンアメリカが「社会課題を市場へと転換する初期段階」にあるとすれば、日本にとっての課題は、すでに存在する巨大な高齢者市場を、いかに再投資と再設計の対象として捉え直すかにあります。ラテンアメリカの事例は、高齢化を「避けられない負担」としてではなく、「投資によって形づくる市場」として捉え直す視点を、日本に突きつけています。
参考資料
Solutions for healthy aging in Latin America’s ‘silver economy’ (ImpactAlpha, 2026/2/4)
ImpactAlpha Latin America: Investing in Latin America’s ‘silver economy’ (ImpactAlpha, 2026/2/5)
Building foundation – and personal – portfolios that value and support aging (ImpactAlpha, 2026/3/9)
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