2021年5月26日、500 Startups主催、「事業会社によるインパクト投資」をテーマとしたウェビナーが開催されましたので、その概要を本記事では紹介します。
ウェビナーの内容に入る前に、インパクト投資業界でどのような投資家が資産運用機関(アセットマネジメント会社、プライベートエクイティ、ベンチャーキャピタルなど)に委託しているのかの概要をまず紹介させてください。
様々な投資家が市場に参入し、活況を呈している全体感をまずお伝えしたいと思います。
資産運用機関に委託している投資家
インパクトを追求する資産運用機関がどのような他社/他団体から資産を受託しているのかについて、Global Impact Investing Networkより以下の結果が公表されています。
GIINに活動報告をした186の資産運用機関は、1250億USドル(2019年末時点)のインパクト資産を運用。
資産運用機関の平均投資額は6億7,300万USドルで、中央値では8,900万USドル弱。
資産運用機関の総資産額に占める割合を見ていると、年金基金や退職金基金が全体の18%を占めている。ついで、16%が個人になっている。
活動報告した資産運用機関のうち、60%の資産運用機関には委託者の中に財団が、56%の資産運用機関には委託者の中に富裕層、約半分はファミリーオフィスがいる。
投資家としての事業会社
上記のほか、インパクト投資家として新規参入しているのは、事業会社です。例えば、AmazonのClimate Tech FundやMicrosoftのファンドは有名です。
事業会社がインパクト投資を実行する際に、自社内にベンチャーキャピタル(コーポレートベンチャーキャピタル、CVCという)を創設し、自社で運用していることもあれば、他のベンチャーキャピタルなどが運用するファンドに投資することもあります。また、ファンドという形態を取らずに直接投資している場合もあります。
どのような事業会社がどうインパクト投資しているのかについてはあまりまとまった情報がありませんでしたが、最近、大変興味深いウェビナーが開催されました。
あの500Startupsがインパクト投資に参入!?
2021年5月26日、「事業会社によるインパクト投資」をテーマとしたウェビナーが開催されました。
ImpactShareが驚いたのは、このセミナーの主催者が500 Startupsであるということです。500 Startupsは、シリコンバレーに本拠地を構える世界有数のアクセラレーターであり、2010年の設立以来、世界のアーリーステージのスタートアップ2500社以上に投資をし、271件のエグジットを実現させてきました。数多くのユニコーンを輩出してきている500 Startupsは、多くの日本企業のLPを抱えることでも有名です。そのようなメインストリームど真ん中のベンチャーキャピタルがインパクト投資のセミナーを開催するとは、この分野の盛り上がりを改めて感じます。
500 Startupsから本イベントに登壇しているVijay氏は、企業に対して有望なスタートアップを紹介する役割を担っているのだそうで、企業からの関心が高まっているとのことでこのようなイベントを主催したと考えられます。
以下、ウェビナーの概要を2回に分けて紹介します。概要を紹介するにあたって、正確を期すように心がけていますが、本記事末尾にあるウェビナー録画を是非ご覧ください。以下に紹介する概要はあくまでもImpactShareの興味を惹いたものを抜粋しています旨、ご了承ください。
Corporate Venture Capital in Impact Investing
2021/5/26 10:00 AM~11:00(PST)開催
登壇者
Caludine Emeott氏:Senior Director, Salesforce Impact Fund
Ryan Macpherson氏:Portfolio & Investment Manager, Impact Investing, Autodesk Foundation
Ken Gustavsen氏:Executive Director, Social Business Innovation, Merck
Moses Choi氏:Director, Sustainable Finance, RBC Capital Markets
モデーレーター Vijay Rajendran氏:Head, Corporate Growth, 500 Startups
はじめに
Vijay (500 Startups): 昨年、アメリカにおけるVCによる投資金額の20%はCVCが占めていました。最近、インパクト投資などのサステナブル投資市場が拡大している中で、CVCによるこの分野へ参入が拡大すると予想されています。今日は、CVCとしてインパクト投資を実践しているパネリストを招き、事業会社がなぜインパクト投資をするのかについて議論していきたいと思います。
パネリストの自己紹介とファンド概要
Caludine:セールスフォースでインパクト・ファンドのリーダーを務めています。当インパクト・ファンドは、2017年に50百万USドルの資金調達をして創設され、 昨年には100百万USドルの調達に成功しました。目的は、戦略投資です。
Ryan:マサチューセッツでAutodeskによるインパクト投資を担当しています。Autodeskは、AutoCADに代表される図面作成 (CAD) ソフトウェアを主に開発している会社です。Autodeskの顧客は、デザイナーが多く、彼らは建物や商品のデザインを通じて、サステナブルな時代に貢献しています。Autodeskのインパクト投資は、デザインやエンジニアリングを通じて、サステナブルなアウトカムを生み出しているところに投資をしています。シードやシリーズBまでを対象に、投資対象は、エネルギー・材料、レジリエンス、働き方です。
Ken:Merckは、アメリカ・ニュージャージー州に本拠地を構える、グローバル展開している製薬会社です。北米外では、MSDという名前でビジネスをしているので、そちらの方が馴染みのある方もいるかもしれません。Merckのインパクト・ファンドの規模は50百万USドルで、私はインパクト・ファンドのポートフォリオマネージャーです。直接投資も行なっていますが、基本的にはファンドに投資をする、Fund of Fundsの形態を取っています。投資対象分野は、途上国や新興国における貧困層へヘルスケアのサービスやソリューションを提供しているところなどです。具体的には、病院やケアセンターなどのインフラ、保険などの金融包摂、診察のためのデジタルツールなどが投資対象です。普通に経済的リターンを求めるし、EXITすることを想定しているファンドです。
Moses:RBC Capital MarketsのSustainable Finance Groupでは、企業に対してESGを組み込んだ資金調達の支援をしています。例えば、グリーンボンドやソーシャルボンド、女性のマネジメントチームにより創設されたSPACを最近上場させました。また、RBCのベンチャー投資グループでは、2-5百万USドル規模をシードからシリーズAに投資を実行してます。
CVCによるインパクト投資の参入はなぜ進んでいるのか?
Moses(RBC):ここ20年ほどで、ESGを会社の戦略に組み込むことがあたり前になってきています。
ある調査報告によれば、99%の会社は事業経営にとってサステナビリティは重要であるとの結果が出ています。
上場市場を見てみると、 ESGを組み入れた方が資本効率が良くなることも分かっています。ESG投資に資本流入が続いており、30兆ドルの資金との試算も出ています。
KKRやブラックストーンなどにはすでにインパクト戦略があり、彼らは当然のことながら市場リターンを求めながらインパクト創出を目指しています。ひと昔前はニッチな市場だったわけですが、巨大な資産運用機関が参入しているのは事実です。
事業会社に目を向けてみると、戦略投資を目的に、経済的リターンも追求しています。インパクト創出に事業会社のアセットをどう活用していくのか、たくさんのビジネスチャンスがありそうです。
Ryan(Autodesk):事業会社にとって、サステナビリティはもう避けて通れないテーマです。インパクト投資市場全体で推定7,150億USドルのうち、事業会社は72億USドル以上の資金をコミットしており、この金額は2016年以降、年複利成長率54%で増加しています。インパクト投資の重要な要素のうちの一つに、投資家が意図(intentionality)を持っていること、というのがあります。CVCにおいても、1)インパクトの意図 に加え、2)経営戦略上の位置付け 3)経済的リターンの追求が重要です。
どのようにしてインパクト・CVC ファンドは生まれたのか?
Caludine(Salesforce):Salesforceの根底に、ビジネスは、環境的・社会的良いことを実現する力になる(”business can be a force for social good”)があります。また Salesforceは世界的に有名なCVCを設立し、グローバルで投資を実行してきました。経営陣の思考の中で、こういった組織のDNAと投資に関するノウハウを融合させることが自然と起こり、インパクト・ファンドが生まれたのだと理解しています。既存のSalesforceが提供するプラットフォームに接続する、金融包摂などの取り組みに投資をしています。新しくこの業界に参入しようとしている人たちに対して今までの知見を共有することにも積極的に取り組んでいます。
Ryan(Autodesk):現在のインパクト投資に関する取組みは、Autodesk事業会社としての戦略の一部に組み込まれています。しかし、ここに至るまでは長い道のりでした。もともとは2017年にAutodesk財団としての取組みから始めました。ここでは、ベンチャーキャピタルファンドの形態でテクノロジーで社会課題を解決している先に投資を実行していました。こういった会社の株主なることで、市場の醸成には役に立てたと思います。今は、会社の戦略の中に取り込まれ、DAF(Donor Advised Fund)を通じた取組みやM&Aを実行する際にインパクト・コビナンツを入れ込んだりしています。
Ken(Merck):Merckは製薬会社としてもともと医薬品やお金の寄付を発展途上国や貧困層向けに行なっており、それを補完するものとしてインパクト投資を開始しました。しかし、ESG要因が事業投資等に考慮されることが当たり前の世の中になる中で、インパクト投資は経済的リターンを求めていけるものと考えるようになりました。寄付活動は今までも活発に行なってきましたし、今後もそれを続けますが、インパクト投資についても、インパクト・ファンドの組成を通じて積極的な取組みを推進していきます。私が運用するインパクト・ファンド以外にも、社内に類似のファンドがありまして、そこともスキルやノウハウを共有しています。社内での情報共有を進めることで、インパクト投資は経済的リターンを求められるものであるという考えやそのやり方を社内に理解してもらえるようになるし、その結果として社内にある、あらゆるナレッジを活用していくことができると考えています。
今回は先駆的なCVCによるインパクト投資の傾向とその成り立ちについて紹介しましたが、次回は、各社のIMMなどについて紹介します。ご期待ください。
【録画(You Tube)】
【参考資料】
500 Startups コロナ禍、スタートアップ投資はこう変わる (TechBlitz、2020/7/29)
Tackling health disparities through impact investing (Merck、2020/9/21)