ImpactShareチームは、英オックスフォード大学アソシエイト・フェローのゲイル・ピーターソン氏と対談しました。オックスフォード大学でインパクト投資とソーシャル・ファイナンス・プログラムの共同ディレクターを務めるピーターソン氏は、金融の意思決定においてコミュニティの声や地球に対する影響を優先することの重要性を提唱しています。ピーターソン氏は、この分野の学術研究者、講師として第一人者であり、最近では、研究を通じて日本のインパクト投資やインパクト・スタートアップの実務家とも交流しています。本記事では、発展を続けるインパクト投資コミュニティの動向、課題、機会について彼女のインサイトを紹介します。
経歴:ゲイル・ピーターソン氏は、10年以上にわたってオックスフォードのインパクト投資とソーシャル・ファイナンス・プログラムを指揮し、90カ国から2,000人のシニア・エグゼクティブを指導してきました。160億米ドルの社会的投資を管理した経験を持ち、金融とリーダーシップが与える社会と環境変化の促進について研究しています。
オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールのアソシエイト・フェローとして、Women Transforming Leadership Programmeを共同設立しました。近著に『Good, Evil, Wicked: The Art, Science, and Business of Sustainable Development(持続可能な開発の芸術、科学、ビジネス)』では、20カ国1,500件のインタビューから得られたケーススタディを掲載しています。
インパクト投資の心とは「人と地球に変化をもたらす」こと
インパクト投資とは、人と地球のために世界を変えることです。その中心は、コミュニティと環境に利益をもたらすことにあります。「方法」や「プロセス」にとらわれ、インパクト投資の根本的な「理由」を忘れてしまう傾向も多く見られますが、インパクト投資の目的や取り組む理由を中心に考えることが大切だと思います。
本質的な問題から始める
オックスフォードのインパクト・プログラムでは、私たちが取り組もうとしている問題から始めます。例えば持続可能な開発目標(SDGs)は、グローバルな問題を明確にするための枠組みを提供し、世界経済フォーラムの報告書は、差し迫ったグローバルなリスクを浮き彫りにしています。近年では、パンデミック以降生物多様性の損失、気候変動、AIやテクノロジーの悪用、世界的な貧富の格差、医療へのアクセス不足といった問題が注目を集めています。こうした問題から出発することで、適切な対処法を構築し、システムの関係性を理解することができると思います。例えば、国連開発計画(UNDP)の人間の安全保障フレームワークは、人々がいかにして繁栄できるかに焦点を当て、ニーズとそのニーズを満たすための最適な金融ツールに基づいた取引の組み立てを導いています。
インパクト投資におけるリーダーシップの重要な役割
インパクト投資においては、投資家の動機や投資の目的をしっかり理解することが大切だと考えます。この問いは、高齢化や気候変動といったシステミックな課題に取り組む上で不可欠です。投資家は投資案件について議論しても、投資をした先の現場での影響について考えを及ぼさないことが多く見受けられます。投資行動を通じた社会的・環境的課題の解決には、投資の目的からもたらすインパクトまでを考えて実行する、リーダーシップと戦略が必要です。
グローバルな課題への取り組みにおけるシステム上の乖離
社会・環境問題は単独で解決できるものではありません。これらの課題の渦中にいて、解決された場合にその便益を享受するコミュニティを広範囲に巻き込み、カタリティックな資本(インパクト・ファーストな資金)を活用し、より多くの公的・民間資金を集めることが必要です。フィランソロピー・セクターは、このような対話において重要な役割を果たしますが、グローバルな課題解決に規模感と持続性を持って取り組む上では、公的資金や民間投資をインパクト投資として引き込むことが鍵となると考えています。
インパクト・バリューチェーンの点と点を結ぶ
ビジネススクールでは、インパクト・バリューチェーンの中で必要なつながりを教えていないことが多いです。下の図のように、左側のお金の出し手(Investors)と右側の受益者(Global communities)のつながりが、長いバリューチェーンの中で分断されています。こうしたつながりを理解することは、ギャップを埋め、投資のインパクトを向上させる上で極めて重要です。
インパクト投資において重要な人々に声を届ける
上記のギャップを埋めるためには、インパクト投資において図の右側に位置するコミュニティが平等な発言権を持つようにすることが極めて重要です。解決策のひとつは、投資家がバリュー・チェーンの最終顧客、つまりコミュニティを理解することです。意図しないネガティブな結果が生じることもありますが、それは学習プロセスの一部であり、問題に対する理解を深める上で役立つと考えています。このシフトは、グローバル・インパクトの測定基準を設定する際にも見られます。例えば、私がGlobal Impact Investing Network (GIIN) のインパクト投資指標カタログであるIRIS+で取り組んでいる海洋保全分野では、コミュニティの不平申立の慣行が初めてIRIS+の基準に取り入れられました。
伝統の中の知恵: 日本の哲学がインパクト投資を豊かにする
日本の伝統的な哲学や慣習は、インパクト投資に貴重な示唆を与えてくれます。その一例として、古くから伝わる「金継ぎ」という技法があります。これは、割れた陶器を捨ててしまうのではなく、貴重な金で修理し、価値を高めるというもので、インパクト投資がやろうとしていることに似ていると思います。日本においてインパクト投資の機運が高くなっているのは理にかなっているようにも見受けられます。
一方で、投資家はプロセスや構造的なアプローチに集中しており、人々の生活がどのように変化しているかに焦点が当たっていないことが多いとも感じます。日本は、高齢化社会、少子化、過疎地の空き家といった独自の課題に直面しているが、これらの課題を解決することは世界の他の国にとっても教訓になるはずです。
待っている時間はない。必要なのは行動
社会問題や環境問題への取り組みにインパクト投資を活用する緊急性は、かつてないほど高まっています。より具体的な行動と、協働による体系的なアプローチが必要です。オックスフォード大学では、「アクション・ラーニング」のアプローチにより、座学だけでなく学生が具体的なインパクト投資のアイデアを発表する機会を設けています。2024年2月にエグゼクティブ・プログラムの一環として実施したインパクト投資プログラムでは、“Nature Based Solutions”に焦点を当て、5日間のコースの最後に、参加者全員がチームとして具体的なアイデアを発表しました。簡単なことではありませんが、世界的な緊急課題に取り組むためには、より多くのアクションが求められています。
日本の変革の起爆剤としてのインパクト投資
目的、透明性、名誉に根ざしたエシカル・キャピタリズムは、日本経済に強く根ざしており、新たなムーブメントを牽引する可能性を秘めていると思います。私はパラダイムシフトについて楽観的であり、失敗を受け入れることで、より強く、よりレジリエントな解決策を導くことができると期待しています。
インタビュー後、世界のインパクト投資の現時点と日本の潮流について議論させていただきました。Thank you, Gayle!
<お知らせ>
ゲイル・ピーターソン氏と、同じくオックスフォード大学にて各種のインパクト投資プログラムのアカデミックディレクターを務めるアレックス・ニコルズ教授による日本におけるインパクトエコノミーの成り立ちに関するウェビナーが開催されます。ご興味のある方は参加してみてください。
“Oxford-style kaiseki”:540兆円のインパクト・エコノミーを構築する方法を学ぶ
2024年11月6日(水)22:00-23:00 JST/ 13:00-14:00 GMT
主催:Saïd Business School, Oxford University
形式:オンライン・英語
概要:このウェビナーでは、懐石料理がコース仕立てで提供されるように、サステイナブル・ファイナンス、インパクト投資、カタリティック・フィランソロピーについて多層的に議論します。
参加申し込み:Link
また、ピーターソン氏は”Oxford Voices of Impact”というニュースレターで世界中のインパクト投資の取り組みをLinkedInで定期的に配信しています。ご興味のある方はこちらもご覧ください。