前回の記事では、インパクトのパフォーマンスの調査と方法について検証したレポートを紹介しました。今回は、レポートの調査対象となっている2つのインパクトファンドのパフォーマンス開示事例を紹介します。それぞれ独自のインパクト基準を設定してインパクト・データを収集し、報告しています。
LeapFrog Investments
以前にImpactShareの記事でも紹介したLeapFrog Investments のインパクト・パフォーマンス開示を見てみます。LeapFrogは、イギリス・ロンドンに本社を置き、主にアジアとアフリカの低所得者層を対象にした成長可能性の高いテクノロジーを活用したヘルスケアと金融サービスへのインパクト投資を行っている資産運用額約20億USドルのインパクト投資ファンドです。
LeapFrogでは、世銀グループの国際金融公社(IFC)のインパクト投資の運用原則(Operating Principles for Impact Management, “OPIM”)に対して各項目に沿った年次報告書を開示し、第三者機関を通じた独立した検証も行っています。なお、LeapFrogの10年にわたるインパクト測定の経験が、OPIMの共同作成とその支援につながったという背景もあるようです。2021年にはLeapFrogは”Pioneer in Transformational Impact”としてFinancial TimesとIFCから表彰されています。
インパクト測定・マネジメント手法
さらに、Leapfrogは独自のインパクト測定フレームワークを開発し、活用しています。財務パフォーマンス、インパクト、イノベーション、リスクマネジメントの4つの項目が設定されています。
インパクトの開示内容
LeapFrogは、 2021年までに投資先を通じてアジアとアフリカにて3.4億人、そのうち2.5億人は低所得者層(1日の収入が11.20USドル未満の層)にサービスを届けることができたと報告しています。
その他、財務リターン(収益成長率、投資先の累計収益)、インパクト(ヘルスケアサービスの提供者数、融資額、融資先の数)、テクノロジーによる低所得者層への到達率、ジェンダー平等(女性のサービス利用者、投資先の女性従業員率と女性ボードメンバー比率)、雇用創出数についても数値を開示しています。
財務リターン
投資先の平均収益成長率:27%
投資先全体の収益:36億USドル
高品質で信頼性の高いヘルスケア分野のインパクト
質の高い医薬品の提供:2,280万個
遠隔を含むヘルスケアコンサルテーションの実施数:90万回
診断検査および検査用具の提供 :220万個
ファイナンシャルサービス分野のインパクト
ローンの提供額:164億USドル
保険金支払額:6.70億USドル
中小零細企業へのローン提供額:28億USドル(570万社に対して)
また、特に興味深いのはMSCIのインデックスをベンチマークとした投資先のFMV(公正市場価格)も開示もしているところです。
LeadFrogは“Profits with purpose (パーパスを持った会社に出資することを通じて経済的リターンを実現する)”を掲げるだけでなく、インパクト・パフォーマンスの報告を通じてそれを証明し、インパクト投資のパイオニア的存在となっています。
Astanor Ventures
Astanor Venturesは、ベルギー・ブリュッセルに本社を置く農業・食糧セクターに特化した資産運用額3.25億USドルのインパクトファンドです。以前にImpactShareの欧州における気候変動ファンド特集でも紹介しているので、投資分野や、投資判断プロセスなどは、こちらの記事でご確認ください。
インパクト創出に対するコミットメント
Astanor Venturesは、長期的な報酬インセンティブをインパクトパフォーマンスの成果に対応する形で設定しています。そのため、インパクト創出のミッションを達成しなかった場合は30%の成功報酬をNGOや慈善団体に寄付することを宣言しています。さらに、インパクト測定方法については科学に基づくデータと手法を活用して随時プロセスの改善をするとともに、インパクト投資業界にその学びを共有し、業界の発展に寄与することを目的の一つにしています。
インパクトKPIと投資先のインパクト創出事例
Astanor Venturesは、持続可能な食糧システムを構築するための基盤として、6つのインパクトKPIを設定しています。地球規模の課題(Planet)への対応指標として、①温室効果ガス排出量、②生物多様性、③水資源の適切な使用、さらに人(People)へのインパクトとして④社会、⑤健康、インパクト達成を可能にするツールとして⑥気候データが設定されています。全ての投資先が6つ全てのKPIに沿って測られているわけでなく、ポートフォリオ全体を通してこれらの項目において貢献することを目指しているようです。下記は、投資先と該当KPIの一覧です。
インパクトレポートでは、下記の抜粋のように各KPIの課題の農業・食糧セクターの影響を提示するとともに、前述の6つのKPIのうち該当する項目に照らし合わせて投資先のインパクト数値を事例とともに開示しています。例えば、農業セクターが全体の3分の1の温室効果ガスを排出しているという課題に対しては、コーティングによって野菜や果物の保存期間を2倍に伸ばす技術を持つApeelが紹介されています。Apeelは2019年以降、4,200万個の廃棄予定の果物を消費可能にし、10,000トンのCO2削減と470億リットルの水を節約したと報告しています。
Astanor VenturesのESG実戦と長期的ビジョン
Astanor Venturesは、1号ファンドを国連責任投資原則(UNPRI)に署名しており、ESGに関するスクリーニング等の原則に則った投資活動をしているだけでなく、事実に基づいた堅実な長期的なインパクト計測の構築を目指しています。さらに、食糧システムの環境、社会、健康、経済コストの正と負のインパクトを測るアプローチである ”True Cost Accounting (TCA)” の発展に貢献することを目指しています。Astanor Venturesは、投資先の科学的な根拠に基づいたデータの収集を通じて、この持続可能な会計システムの革新に貢献することを掲げています。
これらの活動により、市場を拡大に貢献し、SDGsやNet Zero達成に必要な投資額と実際の投資額とのギャップを埋めることも彼らの目指すところとして挙げられています。
インパクトレポートから見られるインパクト投資ファンドの存在意義と貢献
2つのインパクト投資ファンドのインパクト・パフォーマンス開示事例から見られるように、現状では世界中のインパクトレポートには統一されたフォーマットがありません。公開されている範囲では、LeapFrogのインパクト・パフォーマンスは、大目標であるアジアとアフリカの低所得者層へのリーチ数値と投資先の財務的成長を示すと共に、各課題ごとへの貢献をポートフォリ全体の数値として開示されています。一方で、Astanor Venturesは各投資先ごとの該当インパクトへの貢献を数値を交えてレポートしています。
双方とも、インパクト創出が設立の目的であり投資哲学であることを大前提として、実際のインパクトを数値化して報告しています。インパクトレポートはインパクトの定義・計測と開示を通したステークホルダーとの関係構築のみならず、インパクト創出のマネジメント、また投資先とファンドの発展につながるマイルストーンとして重要な役割を持っています。インパクトの目標設定、計測方法とパフォーマンス事例の参考になれば幸いです。
参考資料
2021 Impact Results(2022/8 閲覧、LeapFrog Investments)
LeapFrog Investments Impact Framework (2022/8 閲覧、LeapFrog Investments)
Astanor Ventures Impact Creation Report 2021(2022/8 閲覧、Astanor Ventures)
Accelerating True Cost Accounting (2022/8 閲覧、Global alliance for the future food)