インパクト・ユニコーンを目指す100のスタートアップ "Impact/100"の取組み
繊維リサイクルに取り組むSyre, 建設業界の脱炭素と効率化を目指す011h, 偽装医薬品市場の解決に挑むRxAll
スウェーデンのインパクトVCファンド「Norrsken」を中心に、世界中のインパクトファンドが参加する「Impact/100」というイニシアティブがあります。この取組みは、環境や社会が抱える複雑で困難な課題に対して、世界中の企業がどのように挑んでいるかを広く知ってもらうことを目的としています。
Impact/100が「未来を変える(Fix the future)」という想いのもと、選ばれた100社のスタートアップを紹介することで、課題解決に向けた取組みが、エネルギーや希望、そして前向きなインスピレーションを人々に与えることを目指しています。
この100社に選ばれるスタートアップは、「インパクト・ユニコーン」——10億人の生活に良い影響を与える可能性を持つ企業として、注目されています。選定はNorrskenに加え、世界中の約40のインパクトVCや非営利団体によって行われ、毎年1,000社以上の候補の中から100社が選ばれます。2024年度は、約1,200社の中から選出されました。
Impact/100の受賞企業には、以下のいずれかの条件を満たすことが求められます:
アーリーステージのスタートアップであること:そのビジネスモデルの中核に、社会的・環境的インパクトの創出が組み込まれている企業。
スケーラブルなテクノロジーを活用し、ポジティブなインパクトの拡大を目指す企業:将来性が高く、リスクもあるが、大きな変化を生み出す可能性を秘めたスタートアップ。
成長とインパクトの両立が実証されている企業:スケール可能なビジネスモデルを持ち、すでにその効果が確認されている企業。
最低限の製品(MVP)を持っている、または資金調達の実績がある企業:少なくともシード〜シリーズBまでの資金調達を行っていることが条件。
今回は、このImpact/100のリスト中からImpactShareが注目する3社を紹介します。
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創業:2023年
本社:スウェーデン
直近の資金調達額:€100M (Series A)
主な投資家:Norrsken VC, Giant Ventures, H&M, Volvo Cars, IMAS Foundation (IKEA), TPG Rise Climate
Syreは、繊維から繊維へのリサイクルを大規模に展開することを目指して設立された、スウェーデンの会社です。洋服やインテリアなどに用いられる生地の企画・生産をする業界(テキスタイル業界という)は、世界の二酸化炭素排出量の10%を占めているにも関わらず、リサイクル繊維を活用している生地は世界の繊維市場の1%もありません。Syreは、その課題を解決すべく、生地業界の「脱炭素」と「脱無駄」をミッションに掲げ、持続可能な素材循環の実現を目指しています。
Syreは、まずポリエステル生地に注目し、研究開発を積み重ねています。ポリエステル生地は、服や自動車やインテリアなどに年間7,100万トンも使用されており、世界の繊維の57%を占め、テキスタイル業界全体の二酸化炭素排出量の約40%も占めています。それにも関わらず、ポリエステル繊維のリサイクル率は2%未満で、リサイクルがほとんどされていません。Syreの目標は、2032年までにリサイクルポリエステル繊維を300万トン生産し、1,500万トン以上のCO₂排出削減を目指すことを掲げています。
注目すべきは、Syreが創業間もないにもかかわらず、2024年5月にシリーズAで1億ドル(約150億円)を調達している点です。さらに、H&Mとの間で7年間・6億ドル(約900億円)規模のオフテイク契約を締結しており、すでにアメリカでの工場稼働(2024年)や、イベリア半島・ベトナムでの工場展開(2026年)も発表しています。このようなスピード感とスケーラビリティを実現できる背景には、Syreの特異な設立経緯があります。
再生可能エネルギーとグリーン水素を利用して「グリーンスチール」を製造するH2 Green Steel(現Stegra)や電気自動車(EV)向けの高性能リチウムイオン電池を開発・製造するNorthvolt などの成長を支援してきたスウェーデンのインキュベーター、Vargas Holdingsが、スウェーデン発祥のグローバルファッションブランド、H&Mと連携して設立されました。Vargas Holdingsは複数のリサイクル技術を比較検討し、スケーラビリティとコスト効率の観点からSyreの技術を採用することにしました。H&Mも、これまでさまざまなリサイクル技術に投資してきたものの、業界全体を持続可能な方向に変えるには至らず、より大規模なイノベーションを実現するためにSyreとの連携を選択しました。
011h (ゼロ・イレブン・エイチ)
創業:2020年
本社:スペイン
直近の資金調達額:€25M (Series A)
主な投資家:Redalpine, Seaya Andromeda, Breega, Aldea Ventures, Foundamental, A/O Proptech, Giuseppe Zocco (Index Venturesの共同創業者)
011hは、環境負荷の高い建設業界に一石を投じ、持続可能な建築のあり方を目指すスタートアップです。建設にかかわるバリューチェーンのデジタル化と持続可能な材料や手法で建設する部門を持つことで、ネットゼロ建築、コスト競争力の高い建築、そしてスケールができる建築の普及を目指しています。2024年7月には、B Corp認証も取得しました。
建設業界は、世界全体のCO₂排出量の約40%を占めているにも関わらず、依然として鉄やコンクリートを使った非持続的な建設手法が主流です。また、人手不足や資材価格の高騰といった喫緊の課題があるにもかかわらず、製造業など他業界に比べて生産性の向上が進んでいないという現状もあります。
011hは、鉄やコンクリートの代わりに、炭素を吸収した木材を組み合わせて作られた、強度と軽さを兼ね備えた高性能な木材を開発・提供しています。これにより、建物やインフラの建設・改修時に排出される温室効果ガスを最大90%削減することが可能になりました。これらの木材は従来素材より4〜5%コストが高いものの、デジタル化により建設期間を30%短縮することが販売先へのメリットとして謳われています。具体的には、バリューチェーン全体の関係者がリアルタイムでデータ共有・コミュニケーションできるデジタルプラットフォームを構築したり、自社工場を持たず、既存の業者と提携したり、徹底したデジタル化による資産をあまり持たずに実現できるビジネスモデルを構築することで実現しています。
同社は、建設業界い纏わる社会的・環境的課題と解決に向けた戦略を「Impact Thesis」として公開しています。
011hが注目される理由の一つに、連続起業家による創業という背景があります。スペインの連続起業家Carne氏とJose氏が立ち上げたこの企業は、かつてオンラインEコマース「Privalia」を2016年に5億ユーロで売却した実績を持ちます。CEOのCarne氏は、Privaliaでの成功後、「次は社会的に意義のある課題に挑戦したい」と考え、数年かけて構想を練り011hを創業しました。
創業者は建設業界出身ではないものの、徹底した課題分析を通じて業界の本質的な問題の解決を試みたいとしています。スタートアップ業界でのネットワークを活かし、早期の資金調達にも成功しました。
※B Corp認証は、米国のNPO法人「B Lab™︎」が運営する国際認証制度です。社会性と利益を両立する事業を展開する企業が、社会的・環境的パフォーマンスや透明性、説明責任などについて、B Labが設定した平均200を越える基準(Bインパクトアセスメント)を充足することで取得することができます。(参考:https://bcorporation.jp/)
創業:2016年
本社:アメリカ/ナイジェリア
直近の資金調達額:$3.15M
主な投資家:Launch Africa, SOSV’s HAX, KSK Fund
アフリカでは、数十億ドル規模の偽造医薬品市場が存在し、その影響で毎年何十万人もの命が失われているという問題があります。
RxAllは、創業者のAlonge氏は、幼少期に偽薬が原因で21日間昏睡状態に陥った経験を持ち、この課題を解決するために、高品質な医薬品と医療サービスの普及を目指して起業しました。
アフリカでは、患者が病院に行く前に、90%以上がまず独立系の薬局で医薬品を購入すると言われています。薬学部を卒業したAlonge氏は、この薬局での医薬品流通に着目し、解決策を提供しています。
RxAllが開発したのは、AIを搭載したハンドスキャナー「RxScanner」です。このデバイスは、医薬品の品質を99%以上の精度で判定でき、アフリカ各国で流通する薬に対して、薬局や薬事当局、病院が市販後の監視や品質チェックを行えるようにします。モバイルアプリとクラウドベースのAIと連携し、20秒で品質保証レポートを返すことができます。
本デバイスを使うことで、薬局は、販売前に医薬品の品質を即座に確認できるため、安全な薬のみを提供でき、信頼性の向上や他店との差別化につながります。薬事当局(例:FDA)は、市販後の監視体制を強化でき、低品質な医薬品が出回っている地域をリアルタイムで把握することができす。
コロナ禍をきっかけに、薬局と患者の間でオンラインによる医薬品の販売・購入ニーズが急増しました。これを受けて、RxAllは薬局の在庫管理、販売、配送を支援するeコマースプラットフォームを立ち上げなどし、事業の成長を加速させることに成功しました。2024年時点で、RxAllはナイジェリア、ケニア、ウガンダの5,000以上の薬局にサービスを提供し、毎月250万人以上の患者に高品質な医療を届けています。
<参考資料>
Syre raises $100 million Series A – shortlists Vietnam and Iberia for first gigascale plants (Syre, 2024/5/23)
New impact venture Syre launches with a mission to decarbonize textile industry (Syre, 2024/6/3)
Susanna Campbell at Syre: Decarbonizing the textile industry at hyperscale Impact/Week 2024 (Norrsken Foundation, 2024/11/14)
Harald Mix’s textile recycling startup Syre raises $100m Series A (Shifted, 2024/5/3)
The 011H Story: How a Tech-Savvy Builder is Revolutionising Construction
(Bricks Bytes, 2025/3/25)
Startup Inception: 011h is building a startup within a startup to clean up construction (Shifted, 2023/12/15)
How RxAll is Combatting Fake Drugs and Improving Healthcare Access in Africa (Harvard Innovation Labs, 2024/2/20)
RxAll grabs $3.15M to scale its drug checking and counterfeiting tech across Africa (Techcrunch, 2021/7/20)