今回は、米国のインパクト投資の世界で重要な投資対象分野として存在する”Affordable Housing( = 低価格住宅)”の課題と取り組みについて紹介します。日本では馴染みの少ない分野ですが、Global Impact Investing Network (GIIN)によると、全米のインパクト投資のAUMのうち10%がこの分野に充てられていると推計されており、低価格な住宅不足を解消する手段として期待が寄せられています。
低価格住宅が不足する背景
昨年のインフレで特に大きな影響を受けた米国では、2021年から2022年にかけて家賃相場が約14%も上昇し、低価格住宅の不足が深刻化しました。しかし、この価格高騰はインフレが引き起こした一時的な問題ではなく、過去10年以上にもわたる住宅供給不足に起因しており、国内では大きな社会課題として認識されています。
遡るは2008年のリーマンショックによる住宅市場の崩壊により、建設業界は住戸建設から数年間手を引き、更にコロナ危機による材料と労働力不足により建設が減速しました。それに対して、記録的に低い住宅ローン金利によって住宅購入が急増し、住宅の供給不足をさらに悪化させたため、価格が高騰しました。そこにインフレが追い打ちをかける形で、追い付かない給与水準と低価格住宅不足の問題が深刻化しています。
この状況のしわ寄せは言うまでもなく低所得者層に及んでいます。米国では、貧困層にとって手頃で入手可能な賃貸物件が730万戸不足していると言われており、また低所得層100世帯あたり手頃で入手可能な賃貸物件は33戸しかないというデータが出ています。
低価格住宅の整備に向けた取り組み
低所得者向けのAffordable Housing整備に向けた政府の取り組みは実は1930年代から始まっています。住宅都市開発省は、家族や世帯が家賃、購入、その他の手段で入手できる住居で、世帯収入の30%以下のコスト(光熱費等含む)であるものを低価格住宅(Affordable Housing)と定義しています。
米政府は、そのような物件開発に向けた税控除施策や低金利補助金給付など様々な政策を推進してきました。その中でも低価格住宅建設に大きく寄与してきたのが、コミュニティ開発金融機関(Community Development Financial Institutions (CDFI)基金です。CDFI基金は、米国財務省による取組みであり、低所得および未開発地域を対象とする特殊な金融機関、CDFIに財政援助を提供しています。現在、1,300以上ものCDFIが存在し、例えばコミュニティ開発銀行や信用組合、ローンやベンチャーキャピタルファンドなどの非規制機関が基金からの財政補助により低価格住宅建設などに向けた投資を行っています。
そのような制度設計を背景があるので、全米のインパクト投資のAUMの内10%がこの分野に充てられていると推計されています。不動産の他アセットクラスと比較し、ほとんどの開発が政府・自治体の支援によるプロジェクトなのでリスクが低く、また常に需要が高いため、社会的リターンと経済的リターンの両方を叶えることのできる安定的な商品として認識され始めています。
フロリダ州の慈善団体による低価格住宅へのインパクト投資
このような動きの中で、フロリダ州のある慈善団体が低価格住宅拡充に向けて初めてインパクト投資に最近乗り出しました。1964年設立のThe Community Foundation For Northeast Floridaは、北東フロリダ地域の慈善活動の一環として、これまでも地域に低価格住宅を供給するコミュニティ団体に対し寄付を行ってきました。ただし、州内で最多の人口を誇るジャクソンビルでは、一年間で31%も賃料が上昇するなど、低価格住宅不足が顕著化し、より多くの資金を投入する必要がある危機感に晒されました。
そこで、2022年末にThe Community Foundation For Northeast Floridaは、低価格住居開発に向けた低利子ローンを$1.1M発行しました。これは、CDFIが地元のコミュニティ支援団体(LISCジャクソンビル支部)に対するローン貸し出しという形をとっていて、コミュニティ支援団体を通じて住居開発・提供する建設会社へ貸し出されます。The Community Foundation For Northeast Floridaは、投資から得たリターンをまたコミュニティに還元することで、一時的な寄付ではなく継続的なインパクト創出を生むサイクルをつくることに期待をしています。
低価格住宅のインパクト指標
Affordable Housingにおける最も分かりやすいインパクト指標として、GIINが提供するパフォーマンス指標であるIRIS+によると、新たなに建設された住戸数や融資した住戸数があります。これらは、入居するためには年収など必要書類をもって応募申請することが求められるため、建設したが中間所得層の人が住んでいる、というようなことは起こらないように設計されていることがほとんどです。また、一般的に家賃は固定されたレートまたは入居者の収入の一定割合で決定され、家賃の値上げは、リース契約の条件や住宅提供プログラムの規制によって通常制限されています。
一方で、新設住戸数に限らず他の側面でインパクトを創出することも可能です。例えば、住宅のエネルギー効率や空気中の有害物質・害虫を減らす「住宅の品質向上」や、立退きのリスク低減や学校・医療・食料品店・公共交通機関などへのアクセスを増やす「居住の安定性向上」なども低価格住宅拡充に向けた目標としてGIINのIRIS+に掲載されています。さらに、新設ではなく、既存の住戸をいかに住みやすくするかも重要な観点として挙げられます。低価格住宅不足と言っても解決策は多岐に渡り、また連邦、州、自治体の各レベルで制度・施策が推進されているように、非常に地域性が高い課題であることが分かります。例にあげたフロリダ州の慈善団体のように、典型的なインパクト投資家でないようなプレーヤーが参入することでより多くの資金を集め、課題解決に向けて加速することが期待されます。
<参考資料>
Evaluating Impact Performance: Housing Investments (GIIN)
CDCI Certification (U.S. Department of the Treasury)
We’re in a 50-Year Affordable Housing Crisis (2019/05/06, National Housing Conference)
The Gap, A shortage of Affordable Rental Homes (National Low Income Housing Coalition)
Key factors about housing affordability in the U.S. (2022/03/23, Per Research Center)
Median Sales Price of Houses Sold for United States (2023/04/25, FRED)
U.S. Real Estate Impact Investing (2019/04, PGIM Real Estate)