インパクト投資は2000年代初期から米国や欧州を中心に始まりましたが、そこから20年近くを経て、一段と多様化しながら発展してきています。
インパクト投資を行う超大型ファンド(TPG, KKR, BainCapitalなど)が2018年ごろから誕生し、上場株でもインパクト投資を行うファンドも増えてきています。例えばBaillie GiffordやBlackRockなど金融界の巨大プレイヤー達が、上場株でのインパクト投資に参入しており、既に巨大な資金を運用しています。この新たな流れである上場株インパクト投資について、概念編と実践編の2回に分けてご紹介します!
今回の概念編では、Global Impact Investing Network(GIIN)が2021年6月に公開したレポートを参考にしながら、上場株のインパクト投資の特徴について説明します。このレポートは、50社以上のインパクト投資に携わる関係者によって実施されたワーキンググループの議論の内容が紹介されています。
上場株インパクト投資と非上場株インパクト投資の共通点と違い
これまでImpactShareでは、非上場のスタートアップに対するインパクト投資について多く取り上げてきました。上場している企業にインパクト投資を行う場合、それらと比べるとどういった点が共通点で、どのような点が異なるのでしょうか?
<主な共通点>
上場株であっても非上場株であっても、個人投資家や機関投資家から資金を集めて、ファンドを組成し、そのファンドからインパクト志向のある株式会社に投資をする形態を取ります。上場株の場合には、その役割をアセットマネジメント会社が、非上場株の場合にはプライベートエクイティやベンチャーキャピタルが担います。いずれの場合においてもファンドとして解決したい課題、インパクト投資テーマを持っています。
<主な相違点>
この記事では、以下の3つの点を見ていきます。
投資先決定のための審査プロセス:上場企業はサイズが大きく、複数の事業を展開することが多い。事業ポートフォリオを持つ企業が生み出すインパクトをどう評価するのか?
投資後における投資先とのエンゲージメント:非上場株の投資家に比べ、上場株の投資家は投資先企業の株式持分比率が低いことが多い。株主としてどのように投資先に影響力を持つか?
インパクト創出の進捗管理:上場株の投資家は、インサイダー取引等各種規制が存在するため、投資後も投資先から得られる情報や関わりが限定的となることが多い。どのように投資先の進捗管理を行うのか?
1. 投資先決定のための審査プロセス
上場株インパクト投資の選考プロセスにおいても非上場株と同様に、インパクトに着目した審査(インパクト審査)と事業性に焦点をあてた審査(事業性審査)を並行して行うことが多いです。
インパクト審査は、ファンドが設定しているインパクトテーマに合致する企業群(ユニバース)のリストを作ります。ファンドによりますが、リストにある企業群をESG観点からのネガティブスクリーニングを行った後、その企業が生み出してきたインパクト及び将来の潜在的な可能性を把握します。
インパクトを把握するにあたっては、具体的には以下のプロセスで行うことが多いです。
投資先候補のインパクト創出の意図を対外報道資料やロジックモデルを通じて確認します。ここでは、サステナビリティに関する問題を幅広く取り組んでいるかどうかではなく、具体的に絞り込まれた特定の社会的・環境的問題を解決しようとする意図を高く評価します。
企業のミッションステートメント、ビジネスモデル、目標、企業文化にインパクトが埋め込まれているのか。
インパクトレポートのクオリティと開示レベルはどうか。
長期的にインパクトを創出するできるよう、組織としての仕組み・体制が構築されているか。
第三者が提供するデータなども使用しながら、その投資先候補の事業がインパクトに「どのように」「どの程度」貢献しているかを確認します。ここでは、以前紹介したIMPによるインパクトの5つの基本要素(5 DIMENSIONS of IMPACT )」を活用されていることが多いです。
上場株インパクト投資ならではの論点として、様々な事業を行っている大企業のインパクトをどう考えるかという点があります。大企業は多岐にわたる事業を行っていることが多く、インパクトを創出する事業もあれば、全くインパクトとは関連のない事業を行っていることもあります。このような場合、インパクトを創出している事業セクターの売上割合および将来の成長戦略における重要性を鑑みて、その会社が生み出すインパクトを判断することが多いようです。事業ポートフォリオの中でインパクトを創出しているセクターの売上がどの程度なのか判断ポイントとなります。
2. 投資後における投資先とのエンゲージメント
上場株のインパクト投資家は、年に数回行われる投資先とのミーティングや毎年一回開催される株主総会における議決権行使を通じて投資先と関わっていきます。これをエンゲージメントといいます。
一般的に上場株のインパクト投資家は、非上場株のインパクト投資家に比べると投資先持分比率が小さく、インサイダー取引等各種規制下に置かれるため、投資先との関りやサポートが限定的となる傾向があります。上場株のインパクト投資家として投資先にどのような関わり方をしているのか、いくつか紹介します。
議決権行使
まず一般的に行われているのは、議決権行使です。議決権行使とは、株主の権利である共益権の1つで、株主が株主総会での決議に参加し、会社の経営方針や取締役の選任、定款の変更などの議案に対して賛否を投票することをいいます。株主は、所有する株式数に応じた議決権を有する、1株1議決権を原則としているので、持分比率が低いと影響力は低くなります。インパクト投資家の中には、影響力を高めるために他の上場株インパクト投資家と共同して議決権行使をしたり、株主総会の議案に影響を及ぼすため、株主提案をすることもあります。
議決権行使を行う前に、投資先と直接面談をすることにより、企業改善の要請を行うこともあります。
※これらの手法は上場株の投資家であればよく取られる手法であり、インパクト投資独特の手法ではありません。
インパクトKPIの進捗管理
後述しますが、投資前に投資先と投資家の間でインパクトKPIの設定をします。予め合意したインパクトKPIを通じて、投資先のインパクト創出の進捗や成否を把握します。例えば、投資先が創出するインパクトとその関連する売上の全社売上割合をモニターしたり、創出されたインパクトそのものを定量化します(例えばポジティブなインパクトを与えた顧客数の数やCO2の削減量など)。
インパクト創出拡大に向けた支援
上場株のインパクト投資家の中には、投資先がより広範囲に、あるいはより深くインパクト創出を実現できるように手厚いサポートをしているところもあります。
例えば….
投資先の商品やサービスを、低所得者層など、より広く届けられるようなビジネスモデル、サプライチェーンの設計をするように提案する
投資先によりインパクトのある事業や製品の研究開発に資金を活用するように推奨する
などがあります。
3. インパクト創出の進捗管理
上場株インパクト投資家も、他のインパクト投資家と同じく、投資先によるインパクト創出の管理を行います。基本的なやり方や考え方は非上場企業と同じです。大きく分けて以下の4つのプロセスがあります。
投資前に定期的にモニタリングすべきインパクトKPIを投資先と相談しながら設定します。
投資先事業が生み出すインパクトを表す、インパクトKPIや測定方法を投資先と投資家が議論し、決めます。
例えば、投資先の事業が「地域の公衆衛生と利用者の健康状態の向上」が取り組みたい課題で、トイレの販売事業を行っていたとします。トイレの販売数だけでなく、この会社が製造するトイレがなければトイレへのアクセスがなかったであろう受益者の数をKPIとして設定します。
投資先がどの程度課題解決に貢献しているかが重要なポイントになりますので、後者のKPIが重要です。
ベースラインと目標値を設定します。
前述のインパクトKPIについて、インパクトの定量的なベースラインを設定し、それを前提に目標値を設定します。
ファンドによっては、ポートフォリオを構成する投資先全てに同一のベースラインを設定することもあります。
例えば、投資ファンドのテーマが「サステナブルの水の提供」とします。ポートフォリオを構成する投資先企業全てに共通するKPIとして「投資先が社会に提供したクリーンで飲料可能な水の量」を設定します。
さらに、「投資先が社会に提供したクリーンで飲料可能な水の量」が現状どの程度で、将来的にはどの程度まで改善しそうなのかといった、投資実行の判断を決めるハードルレートを設定するケースもあります。
投資期間中、投資先のインパクトパフォーマンスの進捗を確認します
各年もしくは四半期ごとに、投資先のパフォーマンスを進捗管理します。
基本的には会社による公表資料をもとに管理をしますが、時には学術データやSustainalyticsやMSCIなどの情報ベンダーから得られる情報も活用します。
特にこの部分では、上場株インパクト投資特有の論点として、インサイダー取引防止をはじめとする各種規制の観点から、会社から個別に情報提供を受けるのではなく、公表資料で確認できない情報は第三者機関によるデータを活用することがあるようです。
会社が発信する情報に加え、情報ベンダーなど幅広く情報を集めてくることで、なるべく客観的に全体像を把握したいという考えもあるようです。
エンゲージメント戦略の検証を検証します
投資先のインパクト創出最大化を目指すファンドにとって、投資先との関わりとサポートが非常に重要になることは前述の通りですが、エンゲージメントにより創出されたインパクトの変化率がどの程度になるかを把握することも重要となります。
エンゲージメント前後のベースラインからの変化によりこれを把握します。
以上、上場株インパクト投資の手法概要を説明しました。別の回にて具体的なファンドの例を紹介します!
<参考資料>